2010年12月18日土曜日

ライフサイクルイノベーション

「キャズム」の著者、ジェフリー・ムーアの「ライフサイクルイノベーション」を読みました。いろいろと重要な示唆があるのですが、書籍としてはどうも読みにくく退屈な本でした。ウェブで検索すれば要約をまとめている方々がいますので、そういうのを読めば良いかもしれません。経営者としては読むべき本だとは思うんですが・・・・

本書の主旨は、事業や事業領域にはライフサイクルがあり、そのライフサイクルに適した各種のイノベーションを行うことと、成熟した事業領域から資源を引き抜き、本質的かつ成長する「コア」に資源を集中投入する、ということです。

本書ででてくるいくつかのテーマを以下にまとめます。
  • イノベーションは、市場の成熟度合いによって、いろいろなパターンがある。
  • 成長が期待でき、かつ、他社と差別化して競合優位を得るための本質的な部分である「コア」と、自社として特化していない部分、または成長への期待がもてない「コンテキスト」にわけて、コアに資源を集中する。
  • 事業の領域には、重要かつ実行の難しい「ミッション・クリティカル」領域と、実行の容易な「非ミッション・クリティカル」領域がある。コンテキスト領域は、なるべく単純化して非ミッションクリティカルに持ち込む。
  • イノベーションとは集中特化であり、数多くの方向の揃っていないイノベーションを行うと、中立化して意味が無くなってしまう。
  • 事業スタイルには、反復プロセスを重視して比較的低コストで大量販売を行う「ボリューム・オペレーション」と、個別の顧客に密接した営業を行い個別のプロセスで複雑かつ高額の販売を行う「コンプレックス・システム」型がある。この二つのスタイルは、主流となる型が交互に入れ替わっていく。
以下に本書にでてくるイノベーションの分類をまとめます。

初期市場・成長市場における製品リーダーシップイノベーション:
  • 破壊的イノベーション: 新規製品による新規市場創造
  • アプリケーション・イノベーション: 既存技術の新しい分野への応用による市場創造
  • 製品イノベーション: 既存市場に前例がない機能を投入して差別化
  • プラットフォーム・イノベーション: 下位にある既存テクノロジーの複雑さを隠蔽する
成熟市場における顧客インティマシーイノベーション:
  • 製品ライン拡張イノベーション: 既存製品を一部変更してサブカテゴリーを作る
  • 機能強化イノベーション: 既存製品に斬新な機能を追加して価値を増やす
  • マーケティング・イノベーション: 購買プロセスでの潜在的顧客とのやりとりで差別化する
  • 顧客エクスペリエンス・イノベーション: 製品そのものではなく、利用プロセス全体の体験を向上する
成熟市場におけるオペレーショナル・エクセレンスイノベーション:
  • バリュー・エンジニアリング・イノベーション: 製品の外部属性は保ったまま、仕様や設計や調達を変えてコストを下げる
  • インテグレーション・イノベーション: 多様な構成要素を一つにまとめて、顧客の維持管理コストを下げる
  • プロセス・イノベーション: 製品ではなく、その製造・提供プロセスからムダを省く
  • バリュー・マイグレーション・イノベーション: バリューチェーン内のコモディティ化した要素から離れて、より利益率が高い領域へシフトする
衰退市場におけるカテゴリー再生イノベーション:
  • 自立再生イノベーション: 自社内の資源を使って新規成長市場に乗り出す
  • 企業買収再生イノベーション: 外部企業を買収して新規成長市場に乗り出す
  • 収穫と撤退

2010年12月5日日曜日

医薬品販売規制パブリックコメント

首相官邸IT戦略本部による『「一般用医薬品のインターネット販売及びテレビ電話等を活用した医薬品販売」に関するパブリックコメントの募集』に応募しましたので、パブリックコメントの内容をこちらに掲載します。

インターネットによる一般医薬品販売の規制については、こちらの記事などをご参照頂ければと思います。

インターネットによる一般医薬品の販売が厚生労働省の省令により禁止され、ケンコーコムなど既に事業を行っていた事業者が撤退せざるを得ないという異例の事態が生じたものです。それに対して、ケンコーコムは訴訟を提起し、ヤフーや楽天などの事業者はeビジネス推進連合会という業界団体を組織して、厚生労働省の動きに対抗しています。

私の意見としてはパブリックコメントに書いたとおり、理論的にも実際的にも対面販売よりもインターネット販売のほうが安全性が劣るという理由がなく、規制は不当であるというものです。

インターネットによる一般医薬品販売の規制は極めて不当な物です。厚生労働省の省令として、正当な理由もなく、一つの業界が完全に潰されたという異例の事態です。私には、対面販売によって安全性が確保されるという理由の一つも見いだすことができません。

法規制にも、どういった経緯により誰がどのように意思決定したのかという透明性、法規制を必要とする現状や将来に関するデータと予測、法規制によってどのように目的を達成するのかという論理とシナリオ、そういったことを説明する責任があるのではないでしょうか。

厚生労働省が新薬を認可するときには製薬会社にとほうもなく詳細なデータを要求しているはずですが、自分が何かをやるときは一つの根拠もなくてよいのですから、役人というのは良い商売ですね。

以下、パブリックコメント本文です。少し論点が整理不足気味で申し訳ありません。



(1) 一般用医薬品のインターネット販売及びテレビ電話等を活用した医薬品販売の規制緩和への賛否
(2) 賛否の理由
(3) 一般用医薬品のインターネット販売及びテレビ電話等を活用した医薬品販売を行った場合でも、安全が確保される仕組みがないか。また、もしあるとすればその具体的アイデア


(1)賛成する。
(2)理由1: 対面での医薬品販売時にくらべてインターネット販売が安全性で劣るという主張には根拠がない。

対面における一般用医薬品の購入時に薬剤師から説明や質問を受けることは実質的に行われていない。薬剤師は店頭には限られた人数しかおらず、通常の販売時に質問を受けたり説明を行うべく待機している状態ではない。実際に薬店薬局で調査してみればわかることだが、第一類医薬品であっても、単に薬剤師がレジを打って販売するだけという店も多い。

説明や質問が行われているとしても、購入時にレジで行われるのみであり、時間的に限られた中で、十分な質問や応答を行うことができない。顧客が質問や疑問を持っているとしても、限られた時間内であるので十分な質疑を尽くせることは期待できない。客の並んだレジでどのようにどの程度の説明を行うというのか。

かといって、処方箋医薬品の交付のようにカウンターなどで座って数分の説明時間をかけるとするのは経済的にも顧客の利便性の面からもあり得ない話である。問診を望む客は薬局ではなく診療所へ行くだろう。顧客は利便性と迅速性をもとめて一般用医薬品を買うのである。

すなわち対面販売では十分な説明が行われて安全性が確保されるというのは虚構である。

もし対面での医薬品販売時にくらべてインターネット販売が安全性で劣るという主張により規制を行うのであれば、実際の販売の実態を無作為に調査して、通常の利用シナリオにおいて、インターネット販売では情報提供等が有意に劣っており、かつ、その情報提供の不十分さにより実際の健康被害につながり、かつ、その予想される被害の大きさと頻度が許容できるリスクを超えている、という調査結果がなければならない。その証拠がなく規制をすることは不当である。

そもそも今回の規制において厚生労働省は、インターネット販売において具体的に実際の対面販売とどのように異なることによりどのような危険が予期されるのか、その根拠を提示していない。パブリックコメントで規制緩和の理由を聞く前に、まず厚生労働省が規制の根拠を提示すべきである。


理由2: インターネットでの医薬品販売では、対面販売に比べて優れた情報提供を行い、より高い安全性と顧客の利便性を確保することができる。

A.顧客に十分な情報提供を行い、選択肢を与えることにより、顧客自身が商品の購入判断を行うことが、最も安全性を高めるのに適した方法である。

現在の薬局薬店では、薬をレジの後ろの棚に隠すなどしており、顧客に情報や選択肢を与えない方針をとっている。それは顧客の情報へのアクセスを阻み、安全性を阻害する行為である。

薬剤師による対面の情報提供といっても、薬剤師は顧客の個別の健康情報を把握しているわけでもなく、顧客個別の健康情報を把握するのに十分な時間も権限も手段もない。患者に検査や診断などを行うことができる医師とは異なり、薬剤師は単に薬の一般的性質やリスクを説明できるに過ぎず、注意書きを超えた本質的な安全性向上策が講じられるわけではない。全ての顧客に対して個別の健康情報を聴取するというのは現実的に不可能である。

それどころか、薬局薬店の薬剤師は売っている個々の製品がどのような成分を含有しているかすら把握していない場合がある。

それに対して、顧客本人は自らの既往症、体質、服用している薬などについて、薬店薬局の薬剤師よりも多くの情報を持っている。そのため、薬剤に関する十分な情報が提供されれば、薬剤師よりも的確な判断を行うことができる。

B.インターネット販売では、詳細な添付文書を掲載し、禁忌条件などのチェックリストを作成してチェック必須とすることができる。

インターネットでは、その性質上、顧客に豊富な選択肢と詳細な情報を提供することができる。箱に記載された小さな成分表や注意書きとは異なる、安全性や効能に関する詳細な添付文書を掲載することができる。

また顧客も時間的制約などにとらわれることなく、購入前に詳細な文書を閲覧して、ゆっくりと比較・考慮・検討することができる。

それにより、上記Aの理由により、顧客により高い安全性と利便性を提供できる。

また薬によっては、服用禁忌条件のチェックリストなどを作成し、全ての項目にチェックした場合のみ販売できるようにすることができる。

さらにインターネットであれば、特定の薬に限らず、医薬品のカテゴリや疾病や健康などに関する詳細な情報提供を行うページを作成することも可能である。インターネット医薬品販売サイトにおいて、薬剤師が広く認められた学術的知見に基づき、情報提供のページを作成することが許可されるとすれば、安全な医薬品選びなどを助けることができる。

C.インターネット販売であれば、薬剤師に時間をかけて詳細な質問を送り、それにたいして十分な回答を受けることができる。

一般の薬局薬店とは異なり、インターネット販売店であれば薬剤師は顧客への情報提供に専念することが容易である。メールによって質問を受けるのであれば、顧客、薬剤師ともに時間を有効に活用して余裕を持って詳細な質問と回答を行うことができる。

以上の理由から、医薬品のインターネット販売を規制する省令には一切の根拠がなく、安全性を低下させ、薬局薬店の利益を保護するための極めて不当な規制であると言える。ただちに廃止するべきである。


(3)理由1で述べたとおり、インターネット販売が薬局薬店での販売よりも安全性が劣ることはないので、特別に安全を確保することは不要である。

それどころか薬局薬店での対面販売においても有害無益な規制を緩和すべきであると考える。高度な教育を受けた薬剤師を店でレジ打ちさせることは多大なムダである。

もしインターネット販売を、店頭よりも安全な販売手段として優位に位置づけるのであれば、理由2に述べた施策を全ての店舗が行うことにより、店頭よりも安全な販売手段となる。その場合は、第一類医薬品の販売を含む、全ての一般用医薬品の販売を可能とするべきである。また将来的には、処方された医薬品を通販で購入・受け取りできるようにすべきである。

また安全確保策は必ずしも個々の店舗で行う必要はなく、政府や業界団体によって一般用医薬品のデータベースや薬剤師へのメールや電話での相談窓口などを整備しておけば、全体のコストを抑えることが出来る。

2010年11月5日金曜日

新しい機序の睡眠薬 Almorexant が開発最終段階に

本ブログでは、ビジネスやITにとどまらず科学や医学の話題なども時折書いていく予定です。

今日は、新しく開発中の睡眠薬についてお話しします。少し内容が専門的過ぎたらごめんなさい。次の医学・科学記事はもう少し分かりやすいものにしますね。

Almorexantは、スイスのActelion社が臨床試験中の新しい睡眠薬です。これまでの睡眠薬とは異なり、覚醒と食欲や報酬探求に関連したオレキシン受容体をターゲットとしています。

2009年12月、Almorexantは開発の最終段階である第三相臨床試験の一部を完了しました。短期の臨床試験の結果、中途覚醒時間を有意に改善することが確認されました。

これまでの睡眠薬は、GABA受容体(ベンゾジアゼピン受容体)に働きかけるものが中心でした。GABA受容体は、鎮静に関連しており、そこに結合する薬を飲むことで、不安を抑えたり、眠りやすくしたりします。効き目の強い薬は、麻酔薬としても使われます。

オレキシンは1990年代に発見されたリガンドであり、まだオレキシン受容体に作用する薬は一つも発売されていません。各社が睡眠薬やナルコレプシー治療薬として開発競争を行っていますが、その中で最も開発が進んでいるものがAlmorexantです。

オレキシンは覚醒状態の維持に必要な物質と考えられ、ナルコレプシー患者では脳脊髄液中のオレキシン濃度が減少していることが判明しています。すなわちオレキシンが減少すると眠気をもたらし、増加すると覚醒をもたらすと考えられています。

そこでAlmorexantなどのオレキシン受容体阻害剤は、オレキシンの受容体への結合を妨げ、それにより眠気をもたらします。Almorexantは、経口で摂取することができ、血液脳関門を超えて、脳内の視床下部にあるオレキシン受容体を可逆的に阻害します。

オレキシン受容体にはOX1とOX2の二種類が判明していますが、Almorexantは両方に作用します。

オレキシン受容体阻害剤は、これまでの睡眠薬とは全く異なる作用機序を持っており、安全性や有効性などの上で、より優れた薬となることが期待されているのです。これまでのベンゾジアゼピン系睡眠薬は、効き目が強ければ強いほど翌日にふらつきなどが生じる副作用があるのが大きな弱点でした。

懸念される点としては、この薬が食欲を増進ないし減退させたり、報酬系に働くために依存性や精神神経副作用があったりするのではないかという疑いです。それは、これからの長期臨床試験で明らかにされるでしょう。

Actelion社はGSK(Glaxo Smith Klein)社と共同での全世界販売プログラムを準備しています(ただし日本を除く)。

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参考文献:

  1. Actelion, News release 2009 Dec 21: Investigational dual orexin receptor antagonist almorexant meets primary endpoint in two-week phase III study in patients suffering from primary insomnia 
  2. Wikipedia, Orexin: http://en.wikipedia.org/wiki/Orexin
  3. Glaxo Smith Klein, Product Development Pipeline, February 2010: http://www.gsk.com/investors/product_pipeline/docs/GSK-product-pipeline-Feb-2010.pdf

2010/11/5: 一部誤訳がありましたので修正しました。


2010年10月26日火曜日

ストーリーとしての競争戦略 - 楠木建

一橋大学の教授による競争戦略の本です。

「ストーリーとしての競争戦略」というと、物語のようなもので競争戦略を語るのかと思ってしまいますが、そうではありません。戦略を、時間軸上に展開されるビジネス上の打ち手、すなわち決定や目標(構成要素)と、それらをつなぐ因果関係の線で、一つのグラフとして捉えるということです。そのグラフを本書では「ストーリー」と呼んでいます。

私はこれまで競争戦略の本をあまり読んでいませんので、本書が初めて読む本格的な競争戦略論の書籍ということになります。

本書は、著者独特の考え方の紹介に止まるものではなく、競争戦略の全体像を広い視点で分かりやすく描いています。競争戦略の初学者にとっては、うってつけの本と言えるでしょう。本書の説明と論理は非常に明確であり、本書を読み終えてから、私が企業戦略を考えるときの視野が一気にクリアになった観すらあります。

弊社でも全員でこれを読んで「戦略とは何か」ということについて共通の視点と語彙を持てるようにする予定です。

私にとって一つの嬉しい驚きは、これを書いたのが日本人であるということです。日本人には、分厚くて、網羅的で、事例が豊富で、分かりやすく、面白く、論理的で、学習的であるような教科書的な本を書くことは出来ないと思い込んでいたので、本書には驚かされました。

また、このような骨太の本がベストセラーとなって話題になっているのも、とても嬉しいことです。日本には優秀な方がまだまだ大勢いるのでしょうね。

以下、しばし本書の内容を紹介します。

本書の骨子は、ビジネス上の打ち手と、それをつなぐ因果関係を組み立てて、全体の相互作用として他社が真似の出来ない優位性を手に入れ、長期的な利益を確保するということです。

打ち手は、差別化要因(SP)と、組織能力要因(OC)に分かれており、即効性のあるSPと、徐々に蓄積していくOCの組み合わせによって、強力なストーリーを組み立てるというものです。

ストーリーは、個々の打ち手が一つのコンセプトのもとに、一貫性を持ってつながり、それによって競争優位を確立します。そして、そこには他社が真似出来ないクリティカル・コア(奇手、妙手)があり、模倣を防ぐということです。

一貫性とは、すなわち各打ち手の間が、明確に実証された因果関係でつながり、さらに一本ではなく複数の線でつながっているということです。ゴール(競争優位)に向かって、複数の点と線が絡み合いながら突き進んでいくということです。

本書の視点は、経営全体を捉えており、そして論理的ですので、この枠組みは経営を理解する上で、確実に視界をクリアにします。また細かい部分まで作り込まれており、実務と照らし合わせて理解することが容易です。

ただし完全に新規起業する会社や新規事業にとって、創業当初から徹底した競争戦略の打ち手を考えるというのは難しいでしょう。実際には試行錯誤しながら試せる打ち手を全て試していくというものが最初のフェーズになります。それから顧客が見つかり、組織として回るようになってから、本書にあるような競争戦略の出番となると思われます。

試行錯誤しながら打ち手を決める方法については、「アントレプレナーの教科書」のような書籍が参考になると思われます。

もし当初から完全にシナリオを決めうちに描いて突撃すると、本書にあるウェブバンの事例のような破滅的展開が待ち受けてるかもしれません。そのシナリオは、想像に基づくもので、因果関係の確かさが不明確すぎるからです。

経営戦略に興味のある方であれば、皆さん読まれることをおすすめします。

2010年10月23日土曜日

プロフェッショナル・サービス・ファーム

日本のソフトウェアビジネスの95%を占める受託開発産業についての理解が深まるのではないかと思い、本書を読んでみました。

本書は米国におけるコンサルティング、法律事務所、会計事務所、投資銀行などの専門的サービスを提供する組織の経営について書かれた本です。そうした「ファーム」といわれる組織のパートナー(経営者)に向けた書籍です。

おもに米国におけるパートナー経営の「ファーム」について書かれています。日本では同種の組織は、数量や歴史も数少なく、とくにIT業界においては皆無に近いので、あまり参考にならない部分も多いかと思われます。

「専門的サービスとは何か」というような基礎的な事項よりも、高度なレベルの経営論が中心ですので、本書を役立てられるのは、既に大所帯の「ファーム」を確立している一部の組織だけではないかと思いました。

充実した内容の書籍ですが、私にとっては無用の本でした。ただし、クライアントとの関係確立や営業論などを書いた部分は有用でしたが。



目次:

  1. 基本的問題
  2. クライアントの問題
  3. 人材の問題
  4. 経営管理の問題
  5. パートナーシップの問題
  6. 分散と集中の問題
  7. 総括

大空襲と原爆は本当に必要だったのか

刺激的な邦題の本です。原題も刺激的で"Among the Dead Cities - Was the Allied Bombing of Civilians in WWII a Necessity or a Crime?"というタイトルです。

英国人の哲学者である著者が、おもに第二次大戦における英国によるドイツ都市への無差別爆撃をテーマに、連合国によるドイツや日本の都市への無差別爆撃は、不可避のことであったのか、道義的犯罪であったのかを緻密に分析した書籍です。

本書では、イギリス空軍の戦略、爆撃を体験した人の話、爆撃に反対した人々、爆撃に賛成した人々など様々な視点から、無差別爆撃の犯罪性を明らかにしていきます。

著者は、連合国による無差別爆撃も明らかに人道的犯罪であったと明らかにし、今後も同じようなことが起こることを避けるべきであると断じます。アメリカ空軍は市民への攻撃を禁止したジュネーブ条約第一追加議定書に署名しておらず、依然として無差別爆撃を攻撃オプションとして保持しているとしています。

真珠湾攻撃を「軍事拠点への攻撃に過ぎない」と断じ、9/11のテロと原爆投下を同列に論じる本書がアメリカやイギリスで主流として受け入れられるとは思いませんが、刺激的であり、読む価値のある本であると言えます。

もちろん著者にはナチスドイツの侵略やホロコースト、大日本帝国の侵略や捕虜虐待などを連合国の罪と相殺して軽くしようという意図は少しもありません。そうではなく、勝者の行為であれ、敗者の行為であれ、人道に対する罪は厳しく断罪されるべきであるとの立場です。



目次

  1. 空襲=無差別攻撃は犯罪だったのか 
  2. 爆撃戦 
  3. 空襲された人びとの体験 
  4. 空襲した側の考え方 
  5. 良心の声 
  6. 無差別爆撃への反対論 
  7. 無差別爆撃への擁護論 
  8. 結論


2010年9月13日月曜日

ブログのアドレスが変わりました

サーバーがクラッシュして、前のブログが消えてしまいました。そのため、新しいアドレスにうつってブログを再開しました。

こちらに移せるものは移そうと考えていますので、しばらくの間、昔に表示した記事が再度表示されることがあるかと思います。どうぞご容赦ください。

RSSフィードのアドレスは変わりませんので、購読されている方はそのままで問題ありません。

では、今後とも弊ブログをご愛顧のほどお願いします。

2010年9月12日日曜日

ソフトウェアに値段を付けるためのヒント

このNeil DavidsonによるDon't Just Roll The Dice, A usefully short guide to software pricingという小冊子(本文73ページ)は、Redgate Softwareの創設者兼CEOであるNeil Davidsonが書いたソフトウェアの価格付けに関する本である。有り難いことにPDFで無料で配布されている。私が、彼の主催するBusiness of Softwareカンファレンスに参加したので、印刷された本をもらった。

ソフトウェアの価格付けに関する実践的なハンドブックである。他に類書があるとは思えないので、ソフトウェアビジネスに携わる人にとって極めて重要な本であると言える。

平易な英語で書かれているし、分量も少ないので、読むのは比較的に容易である。

もし、この本が気に入った人は、「ネットワーク経済の法則」などを読んでみても面白いと思う。また本書にも巻末に参考文献が掲載されている。

以下に読書メモを掲載する。



  • 第一章: 少しばかりの経済学
    • 製品の価格を増やせば需要が減る。製品の価格を減らせば需要が増える。
    • どこかに売上または利益が最大になるポイントがある。
  • 第二章: 価格の心理学 - あなたの製品はいくらの価値?
    • 製品とは何か?
      • ソフトウェアそれ自体に限らず、安心感、近親感 (友達が既に使っているなど)、サポートなどの価値を含む。
    • 感覚的価値
      • 感覚的価値は実際的価値よりも高くなり得る。ガートナーの調査によれば、導入されたCRM製品の半数は全く利用されていない。大企業の優秀な人間が、多額の価値があると判断して投資した製品に、実際は何の価値もなかった。
      • 感覚的価値は実際的価値よりも低くもなり得る。導入すれば明らかに時間を節約するソフトウェアでもそこまで価値がないと思われることもある。
      • どうやって価値があると認識してもらうか、それがマーケティングの一つの重要な役割である。
    • 人々はどのように感覚的を決めるか
      • 人は他の製品との比較によって「参考価格」を持っている。
      • あなたの製品が競合よりも明白に優れていれば高い価格を付けることができるし、その反対もしかり。
    • 感覚的価値を増やすには
      • 実際的価値を増やす。 - たとえばJoel Spolskyによれば、「製品の新しいバージョンをリリースして有用な機能を増やすことが、唯一の確実にユーザを増やす方法だった。」
      • 製品に個性をつける。 - 37signalsの製品は「妥協のないシンプルさ」を特徴としている。
      • プロダクトを開発者と関連づける。 - 以前、Nortonアンチウイルスなどの製品には、開発者のPeter Nortonの写真が大きく掲載されていた。
      • 製品を愛してもらう - 高級ドリルのDeWALT社は、工事現場へ行ってサンドイッチをごちそうして宣伝を行ったり、自動車レースなど対象顧客が集まるイベントで宣伝をしたり、製品だけでなくブランドを愛してもらうよう心がけた。
      • 良いサービスを提供する - 大きい会社が苦手で、小さい会社が得意なこと
      • 安心感を与える - 評判を高めること。「IBM製品を買ってクビになった人はいない」というような価値観にどう対抗するか。
      • ファン集団を作る - 製品を買うことがカッコいい集団への帰属シンボルになるようにする。
      • 製品にどれだけ費用や労力を投じたのかを伝える - 顧客は容易に作れる製品よりも、苦労して作った製品に価値を感じる。Bill Gatesは有名な「ホビイストへの手紙」で、自社のBASIC製品にどれだけ労力を使ったのかを訴えた。
      • 顧客の公平感に訴える - フェアトレードコーヒーを売るカフェは、顧客の意識に訴えて10円高い値段を正当化している。しかし本当にコーヒー生産者に渡るのは1円未満に過ぎない。
      • 物理的な製品以上のものを売る - BMWは「車ではなく、喜びを作っています」と訴えた。
    • すなわち、差別化せよ
    • 『標識』
      • もし、ある製品Aに比較対象がなければ、顧客は代わりの物を使って比較しようとする。すなわち同じ会社の製品Bの価格を他社と比較してみる。
      • スーパーマーケットでは、顧客は、普段買っているダイエットコークの価格が安ければ、普段買わない高級アイスクリームの価格も安いと判断する。
      • 競合が多く、比較されやすい製品は安い値段を付け、競合が少ない製品を高く根付けするべきである。
  • 第三章: 価格の落とし穴
    • 競合 - 競合に価格で殴り込みをかけると、報復されて価格戦争になる。航空会社ではそれで潰れたケースが多くある。あまり高い価格を付けていると、低い価格で殴り込まれる恐れがある。マイクロソフトは競合が高価格で開拓した市場に、低価格で殴り込むのが得意。
    • 公平さ
    • 海賊版
    • スイッチングコスト - 顧客が製品を乗り換えるとき必要なのは製品価格だけでなく、乗り換えに必要な習熟期間やデータ移行などのコストを払うことになる。また人間は不合理にも、すでに支払ってしまった古い製品価格までも乗り換え費用として計算する傾向がある。
    • 費用を考慮して価格を決めるべきか?
      • 企業は基本的には、製品の一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)を割る価格で、製品を販売することはできない。
      • ソフトウェア自体の複製費用は0円でも、営業販売やサポートにも費用がかかる。安く提供しようとすると、流通チャネルや広告に十分な費用がかけられなくなって売上がさがることもある。
      • 無料提供であってもサーバ運営費用や回線費用などが生じる。どんなに少額であっても多数のユーザに提供すれば、それなりの額になる。Youtubeには、毎年710億円の費用がかかっている。
      • 顧客にとっては会社がどれだけの費用を負担したかは関係ない。パナソニックのゲーム機「3DO」は優れた性能があったが6万円という価格のために全く売れなかった。PS3やXBOXでは、その教訓をベースにして、本体価格は原価割れの価格として、ソフトウェアの売上で取り戻すことにした。
      • ちなみに製品一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)には、開発費用などの当初に一度だけかかる費用は含まれない。区別して考えること。
  • 第四章: 高度な価格付け
    • バージョン化
      • 複数バージョンを用意することで、高額を払う気があるユーザからは高額を取り、少額しか払う気のないユーザには安くして逃さないようにする。
      • ソフトウェアであれば、機能や販売地域や業種などによってバージョンを作ることができる。
      • ファストフード店では、飲み物の価格に大中小とつけることで、利益最大化を図っている。多くの顧客は、大や小よりも中を選ぶ傾向がある。
      • ただし、製品のバージョン間の価値の差がわかりにくいと、ユーザは迷ったあげく一番安いものや高いものを選ぶ傾向がある。もっと悪い場合には、理解できなくて買うのを遅らせたり、競合製品を買ったりする。
    • バンドリング - 複数のソフトをまとめて1パックにすることで、要らないソフトも売りつける。でも買っても使わないソフトがあれば、ユーザはがっくりする。
    • 複数ユーザ割引 - 大企業ほど支払い能力があるし、いくつかのライセンスを買った人はもっと多く払う可能性も高いだろうから、複数ユーザ割引はおかしい気もするが、大企業だって割引は好きだし、大企業ほど購買ポリシーが厳しいこともあるので、どうしたらいいだろうか。
    • サイトライセンス
    • 購買プロセス - 企業では、ある価格を超えると稟議が段階的に面倒になっていくので、その価格を把握して、そこを超えないような価格を付けるべし。逆に言うと、そこを超えるまでは範囲内で多少値上げしても問題ない。
    • 無料
      • 一部の人はソフトウェアの価格はゼロになることが避けられないと論じている。経済学では、効率的市場では物の価格は限界費用と同じになると言う。すなわち情報の限界費用は0円であるから、情報の価格はゼロになるというのだ。
      • しかし、それは間違っている。ソフトウェアにはサポートやドキュメントや販売などの費用がかかっているし、ソフトウェアはコモディティではない。あなたの製品は、他のソフトウェアと全く同じソフトウェアではないはずだ。
      • また、スターバックスがコーヒーを非コモディティ化でき、ペリエが水を非コモディティ化できるなら、ソフトウェアが非コモディティ化できないはずはない。
    • 無料お試し
      • 無料お試しには大きな価値がある。実際に製品を試用した人は、その製品の価値を高く評価する傾向がある。製品を試用してない人も、製品が試用可能であることにより、製品がしっかりした物だと感じる。
      • ただし製品の性質によっては無料お試しができない場合もある。データベース復旧ソフトウェアのように一度きりしか使わない製品は試用できない。また訪問営業が必要な製品などは試用の効果が薄い。
      • フリーミアムモデルは、基本バージョンを無料にして、一部の機能を有料にするというモデルだ。これは大変な流行になっているが、慎重に考えるべきだ。無料製品が有料製品の需要を喰ってしまうこともある。無料で製品を提供することには、予想よりも費用がかかる。有料版を売るのに多数の無料ユーザーが必要となるならば、膨大な費用負担となる。
    • ネットワーク効果 - ただしネットワーク効果(ユーザ数が増えるほど製品の価値があがる効果)がある場合だけは無料モデルが非常に有効である。
    • バーゲン
    • 異なる価格モデル
      • 一括支払い課金
      • 月額課金: ユーザは一括で支払うよりも安く感じる。また一括で支払うよりも、継続的に利用していこうと考える。
      • ユーザ数課金
      • プロセッサ数やサーバ数課金: どんどんCPUの性能があがるので、同じことをするための価格がどんどん下がってしまう問題がある。
      • 利用料: 価格の利用料(データ量や利用時間など)で課金するモデルがある。これはユーザが事前に支払額を推測できない問題がある。
    • 正しいモデルを選ぶ
      • 退屈であるべき。複雑だったり斬新だったりするモデルは顧客の混乱を招き、嫌われる。
  • 第五章: 価格が何を語るか
    • 高い価格をつけると、製品が優れていると思われる傾向がある。もし競合の製品が100万円で売られているときに、自社製品が1万円だったら、それを「画期的製品」と主張しても、顧客は「おもちゃ」だと思うかもしれない。
    • また製品を売るのに、どれだけ営業マンが顧客と握手しに行かねばならないかを考えること。Redgate社では、安価なウェブ負荷テストツールをネットで販売したが、顧客は製品を安く買えることよりも営業マンと話して決めたり手厚いサービスを受けることを重視していたために失敗した。
    • 実験が奥の手だ
      • これまで理論を紹介してきたが、実際には可能な限り、経験と調査に基づいて価格を決めている。理論だけでは決まらないので、自分で価格を決断しなければならない。また実験を行うべきだ。
      • 価格付けは複雑なので、科学的実験を行うことはできない。価格を変えれば、ブランディング、サービス、流通チャネル、販売方法など様々な要素が変わってくるので、科学的実験で決定することはできない。
      • 昔はA/Bテストを行って、別の価格で実際に販売してテストすることもできたかもしれないが、いまは下手にやると顧客の反感を招く。
      • サーベイには決して頼らないこと。顧客や人々にアンケートを採って意見を聞いても、全く参考にはならない。顧客が何を言うかと、顧客が実際にどう動くかは全く異なる。
    • 値段をどう変えるか? - 価格を上げると顧客がどう思うか心配する人も多い。だが、Redgateでは、昔50ドルで売っていた製品を、いまは395ドルで売っているが、その間に苦情を言ってきた人は殆どいない。



マッキンゼー プライシング

本書では、マッキンゼーが出している雑誌 McKinsey Quarterlyから翻訳した論文を中心として、プライシングの問題について論じている。論文集なので、一冊の本としては、ややまとまりに欠けるが、一つ一つの論文は質が高く、新しい気づきがいくつもあった。


第一章では、価格が利益に与える重要性、価格の経営での重要性について述べている。

第二章の、価格と競争戦略の関係性についての論文はとりわけ気づきに満ちている。各社の製品は、価値と便益をプロットしたとき、価値均衡線(VEL)という直線上に位置している。すなわち各製品の価値と便益のバランスは均衡しており、どれも同じバリューを持っているということになる。

もし一社が製品を改良したのに価格をあげなかったり、一社が値下げを行ったりすると、VELのバランスが崩れ、他社も対抗値下げに走ろうとする。

企業側が認知する価値と便益は、必ずしも顧客が認識するものとは一致せず、その認識が誤っているとバリューが多すぎたり少なすぎたりする製品を提供してしまい失敗する。

中間のいくつかの章では、商品の定価から、値引きやサービスなどを含んだ実際に販売される金額(ポケットプライス)がいかに異なるか、それをマネジメントすることの重要性を説いている。

企業は、大口顧客に高い値引率を提示しているつもりでいるが、しばしば値引率と購買数量には相関が無く、取引コストや利益率からみて不適切な値引きが行われている。

またポケットプライスの幅であるプライスバンドを適切に管理している企業は少ない。ポケットプライスに幅をもたせることで、本当に売上や利益が向上しているのか、なにが意味のある値引きや販促であるのか、再考する必要がある。

第七章では、新製品の値付けをするさいのTipsが書かれている。新製品の価格は設定できる下限価格ではなく、上限価格から考えるべきであり、新製品の便益を顧客が理解した上でいくらまで払えるかを綿密に調査すべし、と説いている。私の経験では、多くの企業は新製品を安くしすぎて失敗すると考えており、この章の気づきは重要である。しかし本章は非常に短いので物足りない印象を受けた。


本書は、マッキンゼー執筆だけあって全体的にレベルが高い気づきに満ちている。対象的にはスタートアップ向けというよりは、すでにビジネスが回っている企業、とくに製造業などに向いている内容であると思う。

一本ずつの記事はレベルが高いが、論文集であり、他の仕事を放ってまで読む必要があるほどの本ではない。ハーバードビジネスレビューを読むような感覚で、時間のあるときに気軽に読んでみれば良いのではないだろうか。