2016年9月15日木曜日

疑似科学とどのように向き合うべきか

さて前の記事の続きです。

前の記事で長々言ったことをさくっとまとめます。

まず私は疑似科学を批判したり論駁したりすることは全く意味がないと思っています。

なぜなら、多くの場合、疑似科学を信じている人は科学的に正しいかどうかに興味を持っていないので、科学的に間違ってるとか合っているとかいう議論は意味がないからです。

さらに疑似科学的な言説は世の中にあまりに多すぎるので、一つ一つ批判していたらキリが無いどころか、社会的に抹殺されかねないとすら思います。

では、どうしたらいいか?

それには三つあります。


1. 批判ではなく教育をすること

全ての人が正しい科学的知識をもって正しい考えを持つなどということは現実的ではありませんし、そうなるように教育することなどは不可能でしょう。

しかし科学教育において重要なキーポイントとなる考え方というのは存在すると思います。

例えば「対照試験」という考え方は、水素水のような健康関連分野から、オーディオオカルトのような分野まで幅広く一刀両断にする知識を持つことができるだけでなく、実社会において仕事や学問などに役立てることができるという素晴らしい知識です。(対照試験は、科学研究や工学や医学の世界だけでなく、マーケティングの世界でも広く使われています)

このような優れた考え方を普及させるために全力を注ぐべきではないでしょうか? また、物事を適切に疑うような多面的な考え方の育成や、ディベートの授業なども役に立ちそうです。

また、もし疑似科学批判をするのでも、このようなキーポイントに的を絞った批判をしなければ、余計に議論を混乱させるだけと思います。

水素水を批判するのに適切なのは「適切な対照試験を経ていない」という一言だけです。「飲料水に水素を入れることなど不可能」みたいな言説は不適切です。じゃあ実際に飲料水に水素を入れちゃった人がいたらどうするのか?という話です。


2. どうしても批判する場合は、非科学性ではなく、言説を取り上げている社会的文脈を踏まえて批判すること

それでもどうしても批判しなきゃいけない場面というのもでてきます。例えば、反ワクチン運動だとかいうようなものは一切許容出来ない言説です。また新聞やテレビのような影響力の大きいメディアでは、健康や医療の偽情報がでることなどは許容出来ないでしょう。

私は、反ワクチン運動を広めるような発言であれば、facebook上の普通の友人であっても、必ず絶対に反論することにしています。それが友情を傷つけるとしても、反ワクチン運動だけは社会的に絶対に許してはならないからです。

しかし、そのときに「反ワクチン運動は科学的に間違っている」などということは全く意味がないことだと思います。そもそも反ワクチン運動を信じる人は、科学的正当性などに興味がないどころか、「何が正しいのか、何が嘘なのか」などということ自体に一切の興味をもっていないと思います。

だから私は「反ワクチン運動が広まれば、多くの子供達が苦しむことになる」ということに絞って伝えます。とにかく子供たちが苦しむ、というイメージを伝えることが大事です。その理由はあまり大事ではありません。

反科学性を批判するのではなく、その偽の言説が社会的にどういう悪影響があるのかを、その発言した相手だとか、記事を載せた新聞社だとか、そういうところに直接に伝えなければいけません。


3. なぜ疑似科学が生じるのか、その理由について考察する

僕は、この数年間、とても不思議に思っていることがあります。facebookで世界の友人の発言を見ていると、女性の間で、なぜか自然派志向みたいな不思議な宗教的な発言がとても多いということです。

○○という食品は自然だから良いとか、ヨガをして空気中の何とかパワーを取り入れようとか、○○という食品は化学成分が含まれているから悪いとか。

こういう発言は、世界のどこの女性にもかなり広まっています。そういう発言をおおっぴらにしない人でも、じつは化学調味料は健康に悪いと信じていたり、そのような価値観を持っている人が大勢います。

こうした考えは今に始まったことでもないでしょうが、なぜこうした発言がミームとなって世界中に広まるのか? なぜ疑うことをせずに、こうした発言を受容するのか? その点が私にとってとても興味深いと思っています。

なぜそうしたミームが強力に広まるのか、逆にどうしたら良いミームを広げることができるのか? そういうことを考えなければ対策は難しいように思います。

なぜ私は懐疑主義者が嫌いなのか - 水素水批判ブームを批判する

世の中には懐疑主義者と呼ばれる人達がいます。懐疑主義者とは、疑似科学、すなわち科学的であるかのように見せかけながら実際は科学ではないデタラメを批判するという活動をしている人達です。

もちろん間違っていることを間違っているというのは悪いことではありません。もちろん私も疑似科学のことは嫌いです。

しかし私は懐疑主義者のことも好きではありません。なぜなら彼らは批判のために批判するという状況に容易に陥りがちだからです。正しい知識を広めることではなく、批判すること自体が使命になってしまうのです。

端から見てると、懐疑主義者のほうがオカルト人間よりもよっぽどアホのように見えてしまいます。なぜなら懐疑主義者には物事の本質が見えていないからです。


例えば、最近は水素水なる商品が出回っているという話です。

私は、やたら多くの人が水素水批判を繰り広げるのを目にしました。その批判者の多くは、単に他の人が水素水を批判しているから、尻馬にのって批判している人達のように見えました。そういう発想は、本来の懐疑主義という精神から正反対のものであるように思います。

確かに水素水なるものが健康に効果があるということは明らかに誤りであり、詐欺であるように思われます。しかし残念ながら世の中にはそのような誤った言説は無数に存在しているのであり、それを一つ一つ否定していたら、まともに社会で生きていくことすらできないでしょう。

水素水が科学に反しているとして、それを科学的に説明することなど何の意味もありません。もしも、あなたが生理学者であり、新聞に記事を書く機会があるなら、水素水否定のような解説をすることにも意味はあるでしょうが…。

でも、水素水のようなものがいかに間違っているかを片端からあげつらっていても、それは単なる偏屈者であり、物事の本質が見えないアホでしかありません。

なぜなら水素水を買うような人々は、そもそも「水素水が科学的に効果があるかどうか」などについて1ミリも興味を持っていないからです。

水素水批判をする人は、神社に行って「お守りは科学的に効果がないから詐欺商品だ! 買うのをやめろ愚か者共め!!!」と叫んでいるようなものです。そう考えれば、水素水を買う人よりも、水素水批判をする人のほうがよほど愚かだということがお分かりになるのではないでしょうか。


現実において、全ての人が全ての物事に関して正しい考えを持つということはありえませんし、そもそも正しい考えとは何なのかという話になります。疑似科学批判者が、経済学や法律学や心理学や社会学などに関して全て完璧な知識を持っているのか? そんなことはありえないでしょう。自分は絶対に誤りを犯さないと思っているならとんでもないキチガイです。

私は、ものすごく物事を疑ってかかる人間だと思っています。そうしてみると、世の中の言説の99%くらいは、真っ赤な嘘か、正しいことが証明されていないか、掘り下げが足りないため実質的に多くの問題を抱えているか、そのようなものになっていると感じます。

でも現実的に人間は、限られた知識や時間の中で、考え、発言し、決断をくださなければならないのです。さらにそれを記事にするとなれば、文字数も厳しく制限されてしまいます。本ブログのようにいちいちだらだらと長く書いていたら読んでくれる人はせいぜい数人~数十人程度です…。

そのような誤りだらけの社会のなかで特定のタイプの間違った言説だけを取り出して批判することには何の意味もないと思っています。

かといって全てのタイプの間違った言説を批判していたら社会的に抹殺されるでしょう。全ての宗教の信者や、天皇制度の信奉者などに片っ端から喧嘩を売っていたら命がいくつあっても足りません。サウジアラビアにいって「アッラーは存在しない!」と叫ぶような人がいたら真の懐疑主義者ですが、すぐに死んでしまうでしょう。

だから疑似科学を批判する人の多くはナイーブなアホで、かつ自分の得意な領域で他人を批判して喜んでいるだけのクズだと思っています。

では、疑似科学とどのように向き合えばよいのか? それについてはあまりに長くなりすぎたので次の記事に続きます…。


ちなみに私も昔はこのような醜悪な懐疑主義者でした。たしか10年くらい前かな、インターネットで菊池誠という人とその周りの懐疑主義者連中を見て、疑似科学信奉者を嘲って喜ぶ姿のあまりの醜悪さにギョッとして、懐疑主義者批判者へと転向しました。

(とこの記事を書いてから、ふと思い立って「菊池誠」で検索したら「疑似科学批判批判」というジャンルの議論がすでにいろいろとあることに気付いてしまった。書く前に気付けばよかったよ…。この記事は自分でもあまりうまく書けたと思わない…。というか最近はブログの文章が全くうまく書けない…。)

2016年9月7日水曜日

不眠症を治療する頭部冷却機器をFDAが認可

米Cereve社の不眠症治療装置Cereve Sleep SystemがFDA(アメリカ食品医薬品局)により認可されました

この装置は、前頭部を冷却して、意思を司る前頭前皮質の温度を下げて不活発にさせます。それにより脳の活動レベルを低下させ、睡眠をもたらすという、画期的な作用機序を有する装置です。不眠症を治療する機器としては世界初になります。

この装置は、米国での臨床試験により、睡眠の導入(統計的に有意なsleep latencyの短縮)をもたらすとされています。睡眠の維持に効果があるかは定かではありません。

不眠症の治療として一般的に使われるのは睡眠薬ですが、良く知られているように既存の睡眠薬の多くには決して軽くない副作用があります。現在広く使われる睡眠薬は、人が死ぬような副作用がないという点では安全なものですが、不快な副作用が多くの人に生じます。この装置では、薬よりも副作用が少ないことが期待されます。

問題は、この装置にどれくらいの効き目があるかです。例えば、Ramelteonは統計的に有意なsleep latencyの短縮をもたらす薬であり、副作用も極めて軽度ですが、効き目が弱く、人によっては効果が感じられないほど弱いという問題があります。もしこの装置が、少ない副作用でZolpidem 5-10mg程度の効き目があればかなり売れるでしょうが、Ramelteon程度であればあまり売れない気がします…。

FDAの認可書類に記載された臨床試験結果からすると、latency to persistant sleep (10分以上の眠りに落ちるまでの時間)では偽治療(高い温度での装置の着用)との間で統計的に有意な違いをだすことができず、latency to phase-1 sleepで12分程度の短縮ということです。Ramelteonの臨床試験結果と比べても、これはかなりショボイです…。

装置は、枕元に冷却機器を置き、そこから14~16度の冷却液がポンプで冷却パッドに送り込まれるという仕組みのようです。どれくらいの大きさになるか、騒音や価格がどうなるかもポイントですね。FDAの認可書類に写真が掲載されていますが、装置はそこそこの大きさがありそうなので、旅行には不便かもしれません…。

予定通りにいけば、2017年の後半には発売開始になるとのことです。もし発売されたら、私はさっそく米国に飛んで、この装置の処方を受けようと思っています。とても楽しみです。

装置が効き目があるかどうかはわかりませんが、現在、私は寝るときに部屋にガンガン冷房をかけて体温を下げてから分厚い布団をかぶって寝ているので、それをしなくてすむだけでも健康に良さそうです。


以下詳細。(むやみに長いです。あと講義の内容を書き写してるので、私もあまり良く理解してないです)

私がこの装置を知ったのは、CourseraのSleep: Neurobiology, Medicine, and Societyという授業でした。この装置の発明者であるNofzinger博士が直接講義をしてくれて、とても興味を持ちました。(残念ながらこの授業はすでにCourseraのサイトから消えています)

ちなみに、この講義を見ることがなければ、この装置の情報を見たとしても、どうせ新手の詐欺だろ、と思って無視していたと思います(笑)

これを発明したNofzinger博士は、睡眠障害と脳機能画像の専門家であり、不眠症患者において脳の活動レベル(糖代謝レベル)が高くなっているということと、脳を冷却することで代謝を低下させ、神経活動を低下させることができるということから、この治療法を思いつきました。

Braunらの研究によれば、REM睡眠中もNREM睡眠中も前頭前皮質の活動が大幅に低下していることが示されています。それが夢の中で、あまりに馬鹿げた判断をしてしまう理由かもしれません。私も個人的に、寝ようとしているときに考えていることがアホになってくると、そろそろ寝れるなという感じがすると思っています。

脳内では様々な部位が睡眠や覚醒を司っていますが、前頭前皮質はとくに睡眠に関わる部位ではなく、脳全体の意思決定をする司令塔のような場所だと言われています。前頭前皮質は脳内でも表面に近い場所にあり、表面を冷却するだけで温度を下げることができるのがポイントです。

前頭前皮質が活動的である場合、そこからの刺激が、感情を司るLimbic systemや、睡眠覚醒に大きな役割を持つReticular FormationやBasal Forebrainや視床下部に伝わり、そうした部位の活動レベルを高めてしまい、それがまた前頭前皮質へとフィードバックされる悪循環になってしまうとのことです。

Nofzinger博士の研究によると、前頭部を冷却することで、前頭前皮質の代謝レベルが低下したことが画像で確認され、Slow-wave sleep (SWS, 深い眠り)も増えたとのことですが、これについて論文を発見することができませんでした。

不眠症患者では、起きているときに前頭前皮質や脳全体の活動レベルが高まっているだけでなく、視床下部やAscending Reticular Activating System (ARAS)などの活動が睡眠中にも高い状態にあることが発見されました。こうした部位はベンゾジアゼピン受容体作動薬によって直接抑制することもできますが、この装置を使って前頭前皮質からの信号を抑制することで抑えることもできるかもしれません。

ついでに検索したところJoaquin Fusterという研究者が、前頭前皮質を冷却することで、タスク遂行能力を下げることができるという発見をしているようです。

以上、この装置はとてもとても興味深い装置だと思うのですが、論文が全く出ていないため、まだ詳細は謎に包まれている感じです。続報が待たれます。

2016年9月1日木曜日

富士通x86サーバがいつのまにか99.999%の可用性を達成していた件

富士通は、メインフレーム、SPARC、x86など、多種多様なサーバを発売していますが、そのなかに高信頼性x86サーバPRIMEQUESTという製品があります。

この製品シリーズでは、マザーボードも含めた多重化を行い、高い信頼性を売り文句にしていましたが、最新機種ではXeon E7の高信頼性機能を使い、マザーボードやCPUに故障が発生しても故障したマザーボードを自動的に切り離して、停止せずに稼働を続けることができるという驚くべき機能を搭載しています。

さらに、動作を継続したままマザーボードやCPUの交換や追加を行うことができるという変態的な機能まで実現しています。

これにより主要な部品全てが完全多重化され、主要部品が故障してもそのまま動作を続けることができます。

それによって99.999%というIBMメインフレームと同等の高可用性を実現しています。

Intelが詳しい説明を出していますが、こうした機能がx86のLinuxで実現されるのは世界初ということです。

ヒューレット・パッカード社は、超巨大x86サーバのSuperdome Xを発売していますが、そちらよりも先に富士通が実装したということは驚きです。

これが特別なOSではなく、通常のRedhat Enterprise Linuxで実現されているというのだから、さらに驚きです。ハードウェアとOSレベルで実現された高可用性なので、ソフトウェアに全く改変が必要ないというのも魅力と言えるでしょう。

メインフレームなどいくら高信頼性といっても、ハードウェアの保守運用だけでも特殊な知識を必要としますし、さらにその高信頼性を引き出すために特殊なメインフレームOSまで使うとなると、ソフトウェア開発費用や保守費用が爆発的に増大してしまいます。

もちろん信頼性はハードウェアだけで担保するものではなく、ソフトウェア障害やネットワーク障害もありますから、このサーバを導入するだけで高可用性が得られるものではありません。しかし、それでもハードウェア故障が防げることによって、システム全体の高可用性を保つことが容易になります。

ソフトウェアによる冗長構成も必要ですが、フェイルオーバー時のトラブルを考えると、なるべくフェイルオーバーしないに越したことはないのが現状だと思います。

気になるお値段は非公開のようですが、過去のモデルなどから類推すると、ハイエンドx86サーバとしては一般的な数百万円から数千万円程度の価格設定なのではないかと考えられます。頑張れば手が届く金額となってくると、俄然欲しくなってしまいますが、そんな大金をサーバひとつに使うわけにはいきませんので、我慢我慢です。