2012年4月11日水曜日

起業をする人が知っておくべき、起業の現実とは

起業とは何でしょうか。この数年のウェブ世界では起業論がブームになっているようにも思います。やってみるまでわからないことも沢山あるでしょうが、やってみなくてもわかることもいくつかあると思いますので、私の経験も交えて起業論を話してみます。

・心構え

独立や起業することは良いことなので、「やってみれば」と言いたいところですが、起業することはやはり責任が重く、ピンチも沢山やってくるので、気軽に薦めるわけにも行きませんね。

起業する前には、とにかく大ピンチを想定してやったほうがよいでしょう。

仕事は全くこない、もしくは仕事を納期までに終わらせられず顧客に大損害を与える、迂闊にも仕事を安請負して大変なことになる、破産して多大な借金を背負う、病気になる、従業員は出社拒否になる、共同創業者とも喧嘩して残ったのは自分一人、新規事業は数年間売上がほぼ0のまま、平日も土日も朝から夜までずっと仕事でそのうえ雑用ばかり。

こんなことは多くの社長が経験していることです。

起業家にとっては「失敗が当然」なのです。

社長には、何事にも自分で責任を持つ責任感が必要な一方で、「失敗して、自分や家族や顧客や従業員や金融機関に多大な迷惑をかけても、自分は大丈夫、なんとか生きていける」という考えがないと危険です。利益と現金以外のことには無頓着な気持ちでないとやっていけません。「失敗しても命まで取られることはない」と、覚悟を決めてやるしかないのです。これだけの責任を負うというのは大変なことです。

「借金をしない」「事務所を借りない」「従業員を雇わない」「請負契約には強い免責条項を入れる」というルールを厳守すれば、こうした責任の大半から逃れることができますので、まずは責任を負わずに独立自営したい人は考えてみると良いでしょう。

さて、起業するにあたりいくつかの分類があるので、以下で見ていきたいと思います。

・フリーランスと起業

一言に独立するといっても、単に会社を離れて一人でフリーランスとして独立する場合もあれば、従業員を雇うなどの投資をして新しく企業を興す場合もあります。

フリーランスは単に契約形態が違うだけで、仕事自体は自分が一人でこなしているので、起業というほどのものではないでしょう。フリーランスは、とても能力があり、営業活動もしっかりできる人であれば、暮らしていくことは難しくないでしょう。コツは、営業活動(講演、執筆、業界活動等)に十分な時間を割くことと、必要な給与の2倍以上の時間単価を課金することです。

フリーランスは、起業の練習段階として捉えることもできますし、プロフェッショナルの究極の働き方として捉えることもできます。どちらにしても大事なことは、一社の専属にならないことです。もし一社専属であれば、フリーランスではなくて単なる契約社員ですから・・・

フリーランスは、請負契約の責任にさえ気をつければ、ほぼリスク0で独立できますので、やってみる価値もあるでしょう。ただし中年以上のサラリーマンの場合は、独立しても仕事が取れなかったときに、再就職できる見込みがあるかどうか要注意です。ちなみに独立前に見込み顧客がいない場合は、独立しても絶望的ですのでやるだけ無駄でしょう。副業からスタートするのが無難かもしれませんね。

それに対して、人を雇う、設備や製品に投資をする、などをすれば起業であると私は考えます。起業については以下に述べていきます。

・製品企業と人材企業

起業して会社を作る場合であっても、製品を作る企業になるのか、人的サービスを売る企業になるのかということは、大きな違いであるとよく言われます。後者は、いわゆるソフトウェア企業での受託企業ですね。

人的サービスを売る企業は、投資の必要性が少なく、社長の能力や営業力を活かしたり、下請けの仕事や小さい仕事を取ってくることができますので、参入しやすく、小さく始めることが容易であると言えます。

問題としては、参入が容易なため競争が激しく薄利で低成長になりやすいことと、景況の波に対応しにくいことの2つがあります。市場自体が低成長の場合には、差別化と営業努力が要求されます。

それに対して、製品を作る企業の場合には、投資も必要ですし、うまく製品が売れるかどうか分かりませんので、新規参入は圧倒的に難しくなります。売れたとしても数年間くらい時間がかかることも普通です。いきなり新米社長が製品を作るのは非常に難しいものです。

かといって人材企業を作ってから製品企業に転換するというのも、とても難しいのです。一つの会社の中に、淡々と他社の仕事をこなしてお金を稼ぐ部門と、金になるかわからない新しい製品を作る部門を並立させるということは、どれだけ困難か想像してみてください。人材企業として成功して利益がでていれば、そうした贅沢もできるかもしれませんが、薄利でやっている人材企業にとっては、そんなことは不可能なのです。既存の従業員が、かえって足枷になってしまうのです。

最悪なのは、「何か新しいビジネスをやるぞ」「製品を作るぞ」と言ってスタートして、なし崩し的に受託企業・下請け企業になってしまい、「本当は製品が作りたい。受託なんてしたくない」と言っているケースです。

まあ、人生にはそういう時期もあるかもしれません。が、それを長く続けたら人生最悪ですし、そういう会社の従業員になることも最悪なので絶対に避けるべきです。受託をやるならやるで、本気でやらなければ生き残っていくことなど出来ないのですから。

・新規市場と既存市場

他にも企業には色々な分類の仕方があるかと思いますが、「目新しさ」ということは一つの大きな要素です。

これまでなかったような全く新しい市場を作り出すのか、現在も競争相手がいて普通に商売をしているところに、ちょっとだけ違うものを投入してお金を儲けるのか。

全く新しい市場で、既存のお客さんや競争相手のいないところに乗り出すのは、基本的には自殺行為です。大成功する場合もあるでしょうが、99.99%は大失敗するでしょう。それで大きく成功している例が目立つだけで、その陰には無数の死者がいるのです。

インターネット業界では、今も昔も「それでどうやって金が儲かるのか?」というビジネスで起業する人が後を絶ちません。残念ながら「便利で面白いソフトウェアを作りました」では商売にはならないのです。基本的には、確実にお客さんが金を払ってくれるものを作らなければいけないのです。もしくは、とてつもない数のユーザを獲得できるようなものを作ってうまく普及させる必要があります。

新規市場に乗り出すからには、「どんなことをしてでも自力で新しい市場を開拓する!」という覚悟と、それだけの能力が必要不可欠です。その根性がないのなら、既存市場にしておいた方が無難でしょう。

もちろん、コカコーラに対抗して新しいコーラを発売するとかいうことも自殺行為ですが、それでも本当に違いが分かるほど美味しいコーラならマニア層が多少なり買ってくれる可能性はありますので、いくらかマシと言えます。

でもWindowsに対抗して新しいOSを作るとか、弥生会計に対抗して新しい会計ソフトを作るというのは、ほぼ無理でしょうね。ネットワーク効果や、顧客にロックインが発生する分野では、すでにシェアの大きい企業に対抗しての新規参入は困難ですから。

起業がかっこよいからやってみる!というのも悪くないとは思いますが、成功の見込みのないソフトをうだうだ開発し続けて、そのあげく失敗して非正規労働者に転落では悲しすぎます。自分の「起業」が単なるモラトリアムではないか、それを確認するために「これで本当にお金が稼げるのか?!」と問い続けるべきでしょう。

・大きく賭けるか、小さく賭けるか

起業にはもう一つ重要な分類があります。急成長を狙うベンチャーをやるか、それとも自分にとってちょうどよいペースでやるか、です。

急成長を狙う場合は、基本的には投資家からの投資を受けて、うまくお金や人材を活用することによって、急成長を狙うということになります。これにはビジネスモデルも大事ですし、経営者や創業者にはかなりの能力が要求されることになります。また、失敗を前提として、投資によって資金調達することで個人のリスクを軽減します。ストレスや困難は大きいでしょうが、これはこれで個人的なリスクの少ない方法です。

自分にとってちょうどよいペースでやる場合は、基本的には投資を受けず、徐々に自己資金での成長を目指していくことになります。場合によっては政府金融機関から融資を受けたりすることもあるでしょうし、従業員も徐々に雇うかもしれません。大事なことは何事も無理をせず徐々に進めることです。会社を清算したときに多大な借金が残らないように、つねにキャッシュフローに気をつける必要があります。

副業として開始をして、本業の給料などをつぎ込みながら行う、バイトしながら行う、というのも一つの方法です。副業なんかでうまく行くのか? と言う人もいるかもしれませんが、副業でうまくやれるくらい高いモチベーションの無い人は、本業にしても失敗するに決まってますよ。

粗利が年間数千万円の会社など、吹けば飛ぶような零細企業ですが、もし一人だけでやっているビジネスなら素晴らしい事業です。売上が何億円あっても、多くの従業員と、負債の個人保証を抱えていれば、個人的には全く裕福とは言えません。

起業家にとっては失敗が標準なのですから、失敗してもダメージが少なくて済むように常に心がけるべきです。

・起業家のエコシステムとは何か

起業家のエコシステムということが良く話題になります。起業がもっと盛んになるにはどうしたら良いか、という議論が盛んです。投資が受けられれば良いとか、メンターやアドバイザーがいれば良いとか、そういうことが言われますが、私は以下のように考えます。

まず、お金に関して言えば、投資というのはあくまで利益が生まれてこその投資ですので、ベンチャー企業が売上や利益をあげられることが前提です。現状の日本では、ソフトウェア企業にお金を投じたからといって、それが利益につながる関係がまだ見いだせていないように思います。米国のように市場が巨大で、企業買収が盛んな場所では違うのかもしれませんが・・・

メンターやアドバイザーも良いかもしれませんが、そもそも成功した起業家が表に出てこない日本では、メンターたり得る人がほとんどいません。自分で起業したことない評論家やコンサルタントの人は、たまに意見をもらうアドバイザーやコンサルタントには良くても、メンターとは言えないでしょう。また、一緒に仕事をして責任を取ってくれる人こそが、本当の指導者です。Googleにおけるエリック・シュミットのような人がいれば起業家は大きく成長できるでしょうね。

とにかく主役たり得るのは起業家だけではないでしょうか。

起業家が魅力的な商品を作れば、消費者や企業などの顧客も食いついてきますし、新しい市場も立ち上がります。起業家が魅力的な会社を作れば投資家も食いついてきます。成功した起業家がどんどん生まれればメンターも投資家も買収も増えてくるでしょう。

まずは独立してフリーランスになるもよし、一人でしこしこ製品を作るもよし、人材サービス企業を作るもよし、一人一人がやれることをやるしかありません。

一つだけ大事なことは「くさらないこと」だと思います。これまで起業する人を数多く見て来ましたが、ほとんどの人は売上があがらなかったり、思うようにいかなかったりして「くさって」意欲を失ってしまいます。意欲を失った、死んだような会社を続けて、そんなところが従業員を雇っているのは最悪なことだと思います。

そんなに簡単に起業がうまく行くようなら世界は億万長者だらけですよね。

私も独立してからもう10年くらいにもなりますが、まだまだ商売では初心者中の初心者です。本当に思うように行かず失敗ばかりですが、とにかく失敗を糧にして、成功した人たちから学び、なんとかくさらないでやっていきたいものです。

追記: ちなみに起業を止めようと思ってこの記事を書いたわけではありません。私のようなダメな起業家がなんとか10年間も喰って来れたんですから、あなたもきっとやれますよ! 起業は楽しいですよ。

6 件のコメント:

  1. ゼロから何かを生み出す(売上でもいい)、その喜びをチームで分かち合えるのが楽しいし、醍醐味かも、と通関する今日この頃です

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  2. 起業論として素晴らしい!

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  3. 栢野さん、ありがとうございます。
    これまで栢野さんの本を全て読んで勉強してきましたので、そう言って頂けるととても嬉しいです:)

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  4. 起業家がもっと増える様な文化を作っていきたいものです。

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  5. 質問があります。
    回答を頂ければ幸いです。
    起業した際、point of no returnというか、ここまでやってダメだったら諦めて撤退するという、デッドラインを決めていたのかどうか、伺いたいです。

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  6. 新井です。

    弊社グループ内では「とにかく続ける」をテーマにして事業をやっていますので、基本的に撤退するということはありません。

    うちの場合は、零細企業で、サービス運営コストが低いので、長く続けることにメリットがあります。

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