この本は、ベンチャー企業が投資を受けるとき、会社を売却するときに直面する契約条件などについて実践的な知識がふんだんに盛り込まれています。
皆さんは、米国の法律と事例に基づいた専門的なファイナンス契約に関する書籍を日本人起業家が読む必要があるのか、と疑問をお持ちになることでしょう。しかし、ここまで実践的な経験と知識に基づいて書かれた該博な本が、日本では出版されていないのですから、これを読むほかありません。
日本では「ベンチャー投資」という言葉だけが先行していて、それに関する知識もまったく流布されず、こうした実務に関する情報も殆ど皆無なのですから、現状は笑止千万としか言いようがありません。せめて一人でも多くこうした本を読んで、知識を身につけることを切に願います。この本が日本語に訳出されることを願いますが、読者層の少なさを考えると望み薄ですね。
ベンチャー起業家とは、VCから投資を受けて、IPOや会社売却を目指す起業家のことですが、もしあなたが投資を受けるつもりがなくても、誰かと会社を共同所有するのであれば、読む価値はあるかもしれません。
[以下やや逸脱]
企業や組織を他人と運営していくときに、もっとも大切なのはガバナンス(組織統治)の方法です。この本には、アメリカで実際に無数に試されてきたガバナンスの一つのベストプラクティスが載せられています。
株式会社などの設立時や投資時には、素人では、せいぜい持ち分の設定と取締役の選任をして終わりです。しかし、実際には、他にも取り決めておくべきことは沢山あります。とくに、新株発行(増資とストックオプション)についてのルールと、Vesting(創業者退任時の株式の買い取りルール)は、会社設立時や増資時に確実に書面にしておくべきでしょう。さもなくば、確実に揉め事の元になります。私もそれで何度もトラブルを経験しました。
また共同経営者にもこうした本を読ませるべきでしょう。日本ではガバナンスの知識が浸透しておらず、頭が良く優秀で誠実な経営者であっても、ひどく間違った考え方を持っている人もいます。株主の権利を軽視して、不当または不公平な増資を行うような不誠実な経営者が多くいます。そのために、まともな経営者ですらそうした行為を当たり前だと思うような始末です。
[逸脱おわり]
この本は、平易な英語によって書かれてはいますが、ベンチャー投資について事前知識がなければ読むのは難しいでしょう。あらかじめ磯崎氏の「起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと」を読んだり、TechCrunch等のブログを読んで米国ベンチャー用語について学んでおく必要があります。また、もちろん株式会社に関する常識的な知識も必要です。
私も、もっと会社運営の法的な実務と、ガバナンスの知識について学ぼう、という思いを持ちました。ちょっとしたことに気をつけるだけで、将来のトラブルを未然に防げるのですから。
以下、内容概略:
第1章: "Players". 起業家、ベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家、シンジケート、弁護士、メンターなどのベンチャー投資関係者についての概略。
第2章: "How to Raise Money". 投資を受けるための心構えや用意すべきプレゼン書類など。アーリーステージでは、実際に動くデモが重要であって、ビジネスプラン(とくに予測売上)は重要ではない。
第3章: "Overview of the Term Sheet". タームシート(投資条件についての合意書)の要素について。タームシートに金銭的な要素と会社支配権の要素がある。
第4章: "Economic Terms of the Term Sheet". タームシートの金銭的な要素について。価格、Liquidity Preference、Pay-to-play、Vesting、Employee Pool、Antidilution (稀薄化防止条項)。
第5章: "Control Terms of the Term Sheet". タームシートの会社支配に関する要素について。取締役の選任権、重要事項の拒否権、Drag-Along Agreement、転換権。
第6章: "Other Terms of the Term Sheet". タームシートのその他の要素について。これらの要素はそれほど交渉の余地はない。
第7章: "The Capitalization Table". Cap Table、すなわち会社価値、持ち分、株式数、株式購入金額などの表の計算方法。
第8章: "How Venture Capital Fund Work". ベンチャーキャピタルがどのような仕組みで動いているか、組織や運営原理についての説明。
第9章: "Negotiation Tactics". どのようにVCと交渉するか。
第10章: "Raising Money the Right Way". 投資を受けるときにやるべきでない6つのこと。これをやると、すごく素人くさく見えるし、場合によっては案件がぽしゃる。例: NDAを求めるな。一人ぼっちで起業するな。
第11章: "Issues at Different Financing Stages". 段階別の投資について。シードステージ、アーリーステージ、ミドル・レイターステージ。また転換社債を使った投資など。転換社債を使うと債務超過になるので、その期間の行為について取締役が法的責任を負う恐れがある。
第12章: "Letters of Intent - The Other Term Sheet". Letters of Intent (買収を受けるときの条件合意書)について。どのような条項があり、なにに気をつけるべきか。
第13章: "Legal Things Every Entrepreneur Should Know". 起業家が知っておくべき法的事柄について。知的所有権や雇用関係など。
参考:
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