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2017年5月13日土曜日

睡眠リズム障害とともに生きる - 睡眠相後退症候群(DSPS)と非24時間睡眠覚醒症候群(Non-24)とは何か

(cc) Derk-Jan DijkSimon N. Archer

睡眠リズム障害(概日リズム睡眠障害)という病気はあまり知られていない病気の一つです。

睡眠リズムとは、人間の体内時計によって寝る時間が決まることです。このリズムが社会的に適切な時間からずれてしまい、希望する時間に寝たり起きたりすることができない病気、それが睡眠リズム障害です。

この病気は、社会の理解があることで患者の人生はだいぶ楽になります。ぜひこの記事によって多くの人に睡眠リズム障害について知ってもらいたいと思います。

ちなみに私もこの病気にかかっているので、私がいつも変な時間に行動していたり、先の予定が決められないことに疑問を持っている方も読んでみてください。理由が少しわかると思います。ちなみに本稿ではまず先に病気の概要を説明し、それから私の個人的なストーリーを書きます。

私がかかっている非24時間睡眠覚醒症候群という病気は、きわめてまれな病気であり、その当事者が書いてる話というのはレアだと思いますよ:)


睡眠リズムとは何か?


まず睡眠リズムという概念自体をあまりよく知らない方もいるのではないでしょうか。時差ぼけなどの存在はよく知られていますが、通常は意識することはないですよね。

人間がいつ眠くなるかには、二つの大きな要因があります。

一つ目は、どれくらい長い時間起きているか、どれくらい睡眠が不足しているか、ということです。これをHomeostatic Sleep Driveと言います。起きてから長く起きていれば睡眠の必要性が高まって眠くなるというシンプルな仕組みです。

もう一つは、自分の体内時計によってだいたい何時に眠くなり、だいたい何時に起きるのかということが制御されています。身体の中には本当に時計のような働きをする仕組みが備わっており、人間は決まった時間に活動するようになっているのです。これをCircadian Rhythm (サーカディアンリズム、概日リズム)と言います。これが睡眠リズムの正体です。

体内時計は、自分がいつ起きていつ寝るかなどによって影響される一面もありますが、基本的には惰性によって毎日同じリズムを維持しようとします。

そして人間は寝るべきときに寝るようにできており、寝るべきでないときに寝ると、うまく寝れない、そして起きるべきでないときに起きているとやたら眠い、という風に出来ています。

そのため海外旅行や交代勤務などによって、急に大きく違う時間に寝たり起きたりしようとすると、実際にいつ寝て起きるかに関係なく、それまでの睡眠時間に眠くなってしまったり、それまでの活動時間には眠れなくなったりします。

睡眠リズムの働きは、人によってかなり違いがあると思われています。時差ぼけがきつい人もいれば、シフト制で交代勤務を行ってもわりと平気という人もいます。

この働きが狂ってしまい、思うように寝られなくなるのが睡眠リズム障害です。

睡眠リズム障害とは何か?


端的に言うと、夜眠れない、朝起きられない、昼間に眠くなる、夜に眠くない、というのが睡眠リズム障害です。

時差ぼけや、交代勤務によって生じる心身の不調、これも睡眠リズム障害の一つです。それぞれ、時差症候群、交代勤務睡眠障害と呼ばれます。

時差ぼけを体験したことがある方はよくわかると思いますが、疲れていて眠いはずなのに熟睡できないとか、ちゃんと寝たはずなのに昼間に猛烈な眠気に襲われるとか、こういう症状は睡眠リズム障害の典型的なものです。

たまに海外旅行や出張で時差ぼけになるくらいなら命に別状はありませんが、世界中を飛び回る仕事や、看護師や工場勤務などで交代勤務をしてる人の場合、命に関わるような重大な病気や、精神疾患にかかったりします。そうではなくても交代勤務は寿命を大きく縮めると言われています。

本稿で紹介する睡眠相後退症候群(DSPS)非24時間睡眠覚醒症候群(Non-24)は、時差もなく、交代勤務でもなく、普通に暮らしているだけなのに、なぜか睡眠リズムがずれてしまい、常時、時差ぼけや交代勤務のような状態になってしまうという病気です。

睡眠相後退症候群は、寝る時間が極端な夜型になってしまい、朝方にならないと寝られない、そして朝にどうやっても起きられないという病気です。

これは比較的に良く見られる病気(1000人に1.3-1.7人)です。思春期には10人に1人くらいがこの病気になると考えられています。人間は思春期には夜型になる傾向が強まるためです。

人間は遺伝的に夜型と朝型が決まっていると言われており、精神医学では「朝型夜型質問紙」というチェックシートまであるくらいです。

単に夜型で、夜になると調子が良くて、朝は弱い、だけど特に困ってないという程度の人は病気とは言えないでしょうが、それが生活や仕事に重大な問題を来すようになると病気になってきます。この中間の人も大勢いるでしょう。

朝が極端に弱くなり、どんなに努力しても絶対に起きられないような状態にまでなることがあるのがこの病気の特徴です。単なる睡眠不足というレベルではなく、仕事をクビになるような状況でも起きられないほどです。

自分を不眠症と思っている人でも、遅い時間なら普通に眠れて、朝起きるのが異常に難しいという場合は、この病気にかかっている可能性があります。

非24時間睡眠覚醒症候群は、毎日体内リズムがどんどんずれて、寝る時間と起きる時間が毎日遅くなっていくという、とても珍しい病気です。(興味深いことに、毎日睡眠リズムが早くなっていくという患者はほぼいません)

ちなみにこの病気にかかっている人の多くは全盲の人であると言われています。

患者数も少なく、詳しいことはあまりよくわかっていませんが、定期的に昼夜逆転してしまい、昼に行動するときと、夜に行動するときがあるため、日常生活だけでなく、人生や仕事や家族生活などに壊滅的な打撃を受ける極めて重篤な病気です。

きちんとした情報は、専門的な医学書を含めてほとんどありませんが、日本語で書かれた記事としては日経サイエンス 2016年1月号に詳細な記事があります。この病気で悩む人は必読と思います。幸いに一つの記事だけをダウンロード購入することができます。

人によっては、この病気でなくても、仕事をやめて家で生活していると昼夜逆転してしまうことが良くありますが、この病気の場合は、それとは異なり、昼型を維持するために最大限の努力をしても昼夜逆転してしまうというどうしようもない病気です。

この二つの病気については、以下のような遺伝的な要因が絡み合っており、完全に健全な人から、かなり睡眠リズムが不安定な人、そして完全な病気の人まで、さまざまな段階があると私は考えます。

  • 睡眠リズムのズレやすさ: たまたま夜更かしをしたり、深酒をしたり、寝坊をしてしまったときに、どれくらい睡眠リズムがズレてしまうか?
  • 睡眠リズムの頑固さ: 時差ぼけになったり、用事などで普段よりも早起きしたり早寝をしたりするときに、どれくらい睡眠や起床が難しくなるか?
  • 生まれつきの朝型夜型の違い: 夜型の人ほど昼夜逆転の危険は高まるでしょう。
  • 不眠症や不眠体質: さくっと寝付ける人は、不眠症の人より、睡眠リズムの悪影響を受けにくいでしょう。
  • 睡眠時間の長短: 毎日9時間以上眠るロングスリーパーの人は、必然的に睡眠リズムがずれやすくなるのではないかと推測します。

さて、最後に私の個人的なストーリーを話します。なぜならNon-24は珍しい病気であり、ほとんど医学的な情報がないため、一人一人のストーリーを話すことが他の患者の助けになると思うからです。

とりとめのない話ですので、興味のある方だけお読みください。

毎日睡眠時間がずれている私の話


私は、非24時間睡眠覚醒症候群にかかっており、それは私の人生に壊滅的な打撃を与えています。

私は、自分が再来週に何時に起きて、行動して、何時に眠ることができるのか、予想ができません。そのため、他人と先のことを約束して、一緒に行動する予定を入れるというのはとてもリスキーなことです。約束を守るために24時間ほど徹夜したりすることも良くあります。

面白いことに、徹夜をするのは、早く起きるよりも、どちらかといえば簡単なのですよ。徹夜は頑張ればできるけど、早く起きるのは、意志の力ではどうにもならないほど難しいです。仮に起きることができたとしても、会話や仕事などの知的な作業は一切できません。布団から這い出して、飛行機に飛び乗るくらいが関の山です。

当然、学校に行ったり、会社勤めをしたりすることはできません。

これは年々ひどくなっています。24歳のときに3ヶ月韓国語を学びに学校に行ったときは、なんとか起きて授業の80%くらいに出席して修了証をもらうことができました。しかし36歳のときに3ヶ月中国語を学んだときは50%も出席することができませんでした。

睡眠リズム障害がひどくなっている理由の一つは、私が寝たい時間に寝ることと、起きたい時間に起きることを完全に諦めてしまったせいでもあります。

夜に眠れないからといって、布団の中で悶々としたり、睡眠薬を大量に飲んだりすることは、極めて苦痛に満ちた体験です。精神的にも最悪の状況に追い込まれます。

そのため私は無理に寝るのをやめて、眠れないときは普通に起きて仕事をしたり音楽を聞いたりしています。そして明らかに眠れそうにないのに睡眠薬を飲むことをやめました。


さて、ここで具体的な私の睡眠リズムの一例をお見せします。私は2004年くらいから睡眠日誌を付けているのですが、そこから2016年5月の記録をお見せします。Sと書かれた部分が寝ている時間です。


見事に毎日睡眠時間がずれているのがお分かりになるかと思います。途中で大きくジャンプしているところがありますが、それは寝る時間が朝8時とかになってしまったため、明るすぎて、寝るのを放棄して徹夜したためです。


どうしてこうなった?


なんで僕はこんなことになってしまったんでしょうか?

僕は生まれたときから不眠症だったと親に言われています。幼児のときから夜になってもなかなか寝ない子で、寝かせつけるのがとても大変だったと言われました。自分の記憶がある限りでも、小さい子供のときからずーっと不眠症でした。毎日、寝るのが苦痛で苦痛で仕方なかったです。

父親もひどい不眠症で、いつも夜眠れなくて困っています。

睡眠とはまた別の問題もあり、学校や権力が大嫌いであり、また若い頃は精神的に不安定だったこともあり、中学校のときに学校に行かなくなりました。それから大学などに行こうかと思ったこともありましたが、その頃には睡眠障害が本当にひどくなっており通える状態ではありませんでした。そのためいまでも学歴は中卒です。

もともと不眠症は、学校に通っているときから、かなりひどかったので、いつかは睡眠が維持できなくなったと思いますが、学校に行かなくなり自堕落な生活を始めたこともあり、すぐに睡眠は取り返しがつかないほど悪くなってしまいました。それから気づいたときには昼夜逆転が常態化していました。その頃は、まだNon-24と言い切れるほど、ひどくはなかったと思います。寝れなくて悶え苦しんではいましたが…。

さらに最近、検査してわかったのは、私は睡眠時無呼吸症も持っているということです。たぶんそれが10代後半で悪化して、どうやっても絶対に朝起きられない状態の悪化を招いたと思われます。いまはそれを治療して、だいぶ起きやすくなりました。

年々、夜に寝て、朝起きることを諦めていき、それにともなって精神状態は良くなったんですが、2014年くらいから夜に寝ることを完全に放棄してしまったため、綺麗にNon-24のグラフを描くようになってしまいました。

なぜ睡眠がどんどん後ろへずれていくの?


僕の睡眠について確実に言える2つのことは「早く起きても早く寝ることが出来ない」ということと「睡眠リズムを前に倒すことが絶対にできない」ということです。

普通の人はたぶん早く起きて早く寝るということを続けることで、睡眠リズムを多少なりとも前に進めることができるんじゃないかと思うのです。(ただし健常人であっても睡眠リズムを前に進めるのは難しく、後ろに遅らせる方がずっと楽だと言われています。これは西向きと東向きの旅での時差ぼけのなりやすさに関係しています)

しかし僕の場合は、どんなに頑張っても睡眠リズムを一定に維持することが限界で、それを前に進めることは全くできないのです。さらに無理矢理に早く起きても、夜に早く寝ることができず、睡眠不足がたたって余計に睡眠リズムを悪化させるだけになってしまいます。

僕は本当にNon-24なのか?


最後にちょっとちゃぶ台返し的なことを言いますが、私はNon-24だと医師からはっきり診断を受けたことはありません。これまで数名の睡眠専門医にもかかりましたが、Non-24を診断できる医師には一度も会ったことがないですから…。

時間生物学の研究者は多くても、臨床医学的に概日リズム睡眠障害を研究してる人は多くないのかなという印象を受けます。書籍や情報も少ないですしね。その数少ない情報源によれば、重度のDSPSと晴眼者のNon-24は隣接する疾病であると書かれていますので、明確な線引きがあるわけではないのかもしれません。


私も100%のときにずっと睡眠がずれていくわけではないのです。ここにあげるように2016年2月では、わりと外界に同調したリズムで過ごすことができています。

ただ、多くの期間では、睡眠リズムを予測することができず、毎日睡眠がずれていくという現象がある以上、実質的にNon-24としての困難な症状を持っているということです。

また、もし私が朝8時~夕方17時に寝るようなリズムに同調して生活することができたとしても、それではまともな社会生活を送れないですし、明るい中で寝るのも困難ですから、社会生活上は全く意味が無いのです。基礎研究者にとっては大きな違いでしょうけど。

治療法は?


治療法については、まだまだ研究中で、不確実な情報が多いため、本稿では紹介しません。下記に記載する参考資料を読んで、睡眠専門医と相談してください。

病気が治せなくても、社会的にこの病気が障害として認められ、また生まれつき夜型の人が大勢いるという事実が認識され、学校や会社などが時間に縛られない学び方/働き方を提供してくれるようになれば、多くの人がずっと幸せに生きることができるようになると思うのですが…。

参考資料

2016年5月13日金曜日

表計算ソフトの正しい使い方について

弊社の皆さんへ、ExcelやGoogle Spreadsheetなどの表計算ソフトウェアを使う際に気をつけて欲しいことがあります。

最も大事なのは、表計算ソフトを使うときには、「表(テーブル)」を意識して使わなければいけません。

表とは、すなわち行(レコード)列(カラム)の組み合わせによって、情報を整理する方法です。

通常は、行に各データ(人間や取引先や資産など)を割当、列にその項目(氏名や所属や売上など)を割り当てて、その交点となるセルに該当する情報を入力します。

年齢(歳)年収(万円)
田中一郎30400
山田花子25350
上野28320

一行目は見出し、各行に一つのデータと憶えれば分かりやすいですね。

見出しを見れば、誰でもそのセルに何を入れれば良いか明確にすぐわかるようにしなければいけません。

一つのセルに複数の情報を入れてはいけません。セル内に注釈や備考をいれてはいけません。

一つの列のセルには、見出しで定められた同じ種類の情報しか入れてはいけません。そのセル内に記載出来ない情報は、備考や別のセルに記入します。

セルには、円や千やキロやメートルなどの単位を入れてはいけません。それは見出しに入れます。

他のセルから計算できる数値(合計、平均、消費税等)は、式を使って計算しなければいけません。計算した値を手入力してはいけません。

一つの表を複数に分割したり、途中で見出しを再度挿入したり、途中でセルの意味を変えたりしてはいけません、そうしたら一括で選択したり集計処理することが出来なくなるからです。

もしも表が縦に長くなり、見出しが見にくくなる場合は、見出しの行や列を固定表示して見出しはスクロールしないようにすれば良いのです。


表計算の使い道としては、情報管理、情報整理(プレゼンテーション)の二つがあります。

情報管理とは、他に元データがない情報(独自情報, オリジナルデータ, 元データ)を保存するために使うものです。これは複数人で共有・編集する必要があるので、必ずGoogle Spreadsheetのようなオンライン上の表計算を使わなければなりません。

情報管理を目的とする場合は、一つのシートに一つの表しか載せてはいけません。複数の表がシートにあると、追記や編集もしにくくなるだけでなく、プログラムによる自動処理ができなくなります。

情報整理とは、他の元データから転記した情報を整理して、計算を行ったり、見やすく整理を行ったりして、自分や他の人が情報を理解しやすいデータとして提示することです。


2015年7月27日月曜日

意外と難しいSaaSの料金体系。どのようにすべきなのか?

新規ビジネスにとって料金設定(プライシング)というのは最も難しい悩みの一つだと感じます。料金設定を間違えてしまえば、どれだけ優れた商品であっても失敗してしまいます。

とくにSaaS(クラウド型ソフトウェアサービス)の料金設定は、まだ各社ともに試行錯誤ともいえる状況で、参考に出来る情報なども少ないように思います。

SaaSの料金体系には、ざっと思いつくだけで以下のような方式があります。
  • 初期費用
  • 月額費用
  • IDあたり費用
  • データ量あたり費用
  • 使用回数あたり費用
  • その他の従量費用
  • 料金プラン制

このなかで、罠と言えるのが「IDあたり費用」ではないかと思います。

ユーザIDの数が、ソフトウェアの利用価値と直結しているようなソフトウェアであれば、ユーザIDで課金することには合理性があります。しかし単純な顧客管理ソフトウェアなどは、アカウントを複数人で共有しても価値があまり変わらず、ユーザ数単位で課金することは顧客にとって納得性が低いものになります。

ソフトウェア業界の慣習としてユーザ数課金が行われてきましたが、多くのユーザが様々なデバイスからソフトウェアを利用する時代に、ユーザ数課金はそぐわない場合もあるかと思います。


さて、ここで可変的な料金設定にはどのような意味があるのかを基本から考えてみましょう。

IaaSと異なりSaaSでは、多くの場合は、ユーザの利用量によってコストが大きく変わるというわけではありません。

そのため顧客の利用パターンによって料金を変えるのは、より多くのお金を払っても良いと思う顧客から、より多くのお金を取るという意味になります。いわゆる価格差別やバージョニングと言われる概念です。(詳しくは「ネットワーク経済」の法則を参照)

通常は、顧客が得られる価値によって価格を変えるのが適切と思われます。

すなわち、もしユーザアカウントを増やすことによって価値が得られないのであれば、ユーザアカウントによって課金するべきではない、ということです。


データ量による課金や、従量制課金には、問題点として、どれくらいの料金がかかるのか前もってわかりにくいとか、複雑だということがあるかと思います。

データ量による課金とは、例えば、名刺管理ソフトなら、保有できる名刺データの最大枚数とか、そういったもので課金する方式です。これだと、活用している程度によって金額が変わるので、ある程度の納得感があります。

妥当性をもった予測可能な価格設定になっていれば、利用料金が変動すること自体は問題がないのではないかと感じます。(メイシーでの経験上)


料金プランの設定には注意が必要です。最近流行のSaaSですと、よく上中下みたいな3プランを用意しているものが多く見受けられます。

しかし、多様な顧客の要望にほんとうに3パターンだけで応えられるものでしょうか?

上中下で、上が月額5万円、中が月額1万円、下が月額2千円などとなると、あまりにギャップが開きすぎていて、そのあいだを望む顧客は失望することでしょう。

私は実際にOptimizelyというサービスを昔に使っていまいたが、料金プランに納得感がなくて利用継続をやめました。

複雑な料金体系であっても、細かい価格設定によって、納得感のある支払ができるようにしたほうが顧客のニーズに応えられると思います。

なぜなら、ビジネス利用されるお客様で「多少お金を余分に払ってもいいから、簡単な料金プランで分かりやすいようにしてくれ!」なんて考えるお客様は滅多にいないからです。(というか、もしそういうお客様がいたら特別プランを作成してあげればよろしい)


初期費用ですが、これは法人向け製品であれば、なるべく設定するべきだと思います。

その理由ですが、営業宣伝費用の早期回収につながることでビジネスの成長を圧倒的に速くできることがまずひとつあります。これは極めて重要です。

もうひとつは顧客にとって新規ソフトウェア製品の導入は、そもそも支払額以上に手間がかかりコストがかかるものなので、初期費用を払うことにはさほどの追加の抵抗感がないということです。

日本のお客様は、月額費用のように継続して発生する費用には抵抗感があることが多いものです。


最後に、価格設定一般の話になりますが、商品の価格は高ければ高いほど、ビジネスは楽になる、というのが私の考えです。

コカコーラやマクドナルドのように100円の物を売って儲けるのは、きわめて難しいことであり、多くの起業家にとってそのようなビジネスを作り上げるのは困難でしょう。なぜなら広告宣伝費や販売チャネル構築などの初期投資が多くかかること、大量生産と大量販売を行うには組織の能力が大きく問われるからです。

それに比べて、ソフトウェア受託開発業、人材派遣業、不動産業、コンサルティング業など、顧客単価が数百万円を超えるような商売では、超零細企業であっても生きていけますし、それどころか、ボロ儲けしてる場合すらあります。

(ただし、もちろん簡単に構築できるビジネスほど、労働集約性が高いので、商売のウマみは少なくなります。)

弊社の経験からも、通常の中小企業であれば、顧客単価は10万円を最低ラインと考えるのが良いかと思います。なぜなら顧客獲得単価は最低でも数万円はかかるからです。できれば、そのうち5万円くらいは初期費用として回収してしまえると、資金回転率が改善するでしょう。

できれば、一社から年間100万円以上の粗利を獲得できるようになれば、大幅にビジネスは楽になります。大企業のように安く沢山売ろうなどとは考えないことです。

さらに厳しいことを言うと、ソフトウェアの限界費用は0円なので、新規参入が増えれば増えるほど値段は安くなっていきます。儲けられるうちに儲けるというのは良い考えですし、価格を高くして面倒なことを引き受ければ引き受けるほど、新規参入者にやられにくくなります。

「顧客単価」を考えるだけで、ビジネスが無残にも離陸すらせずに墜落してしまうことが少しは避けられるのではないかと思います。参考になれば幸いです。


参考: ソフトウェアの価格について以前書いた記事もあわせてご参照ください。

2013年3月30日土曜日

リーダーシップと起業

僕にとって「起業して一番よかったこと」は、リーダーシップが身についたことです。

リーダーシップとは、他人に命令したり指示を出したりすることではなく、何事にも主体性を持って、能動的に働きかける考え方を持つということです。

日本人というのは、とかく何か不満があっても行動に移さず、他人のせいにするという考え方が染みついているものです。政府が悪い、会社が悪い、上司が悪い、部下が悪い、しまいには買ってくれない顧客が悪いとまで・・・

起業家・経営者にとって、世の中は「コントロールできること」と「コントロールできないこと」の二種類です。

コントロールできることは、すべて自分の責任です。それをどのようにコントロールして成果を出すかが求められます。

コントロールできないことを見れば、どうやればコントロールできるようになるか、他に代替案がないかを考えますし、どうやってもコントロールできないことであれば黙って諦めます。

結果として、世の中に対して愚痴を言うことはなくなり、不満があれば能動的に行動して解決するという方向性になります。

「世の中なんて一個人の力では変えられるわけがないんですよ」みたいなことを言う人もいますけど、そんなもんでもないですよ。僕がはじめたWinny事件支援活動では、最高裁で無罪を勝ち取ることができました。ネット医薬品販売訴訟や、一票の格差訴訟なども世の中を動かしています。

この、困ったことがあれば自力で解決する、という姿勢は人生をハッピーにしてくれますので、起業で得たもののなかで一番良いものですね。

人間にとって最もストレスとなることの一つは、無力感にさいなまれることです。それが解消されるだけで、人生はかなりマシなものになるのではないでしょうか。

また、何事もコントロールしたり、「もし自分がコントロールできるとしたらどうするだろう?」と考えることで、考える力や、問題解決する力がどんどんついてきます。

これはとても良いことでした。

逆に、他人のせいにする癖が抜けない人は、起業すると大変悲惨なことになりますので、起業しないほうがいいでしょう。真顔で「部下が動かないから困る」とか「顧客が理解がないから買ってくれない」とかいうことを言う社長がいますので・・・


この本は実はリーダーシップについての本です。人事・教育担当者や若者におすすめ。

2012年9月2日日曜日

「アントレプレナーの教科書」から学ぶ「顧客開発モデル」の方法論

弊社がバイブルとしている書物の一つに「アントレプレナーの教科書」という本があります。この本では、連続起業家であるスティーブ・ブランクが新規事業立ち上げの方法論を明確なプロセスとして表現しています。

顧客開発モデルでは、顧客を見つけるために仮説設定と検証を繰り返していくプロセスを明示しています。顧客の困っていること=ニーズは何か、という仮説を立て、それを早い段階からインタビューして検証します。プロトタイプを作成する前にも、質問などによってニーズがあるかどうかを検証していくことを推奨しています。

顧客のところにでかけていっても、すぐに自分の製品について説明したり、「どんな機能が欲しいか」聞いたりするのではなく、まずは顧客がどのように仕事を進めているか、どのような課題を抱えているか、その課題を自社の製品がどう解決できるか、そういうことを調べていきます。

世の中には起業本が山ほどあふれていますが、これほど「実用的」かつ「実践的」な起業本は少ないでしょう。

製品立ち上げのプロセスを4つの大きなステップ、「顧客発見」「顧客実証」「顧客開拓」「組織構築」に分けて、それぞれを数十の小さなステップに細分して説明しています。それによって細かい実践の方法がカバーされています。

起業本の革命児とも言える書籍であり、アメリカでは本書を元にして「リーン・スタートアップ」などの新しい理論や書籍が次々に誕生しました。

この本は素晴らしい本なのですが、ちょっとした弱点があります。

分かりやすく読みやすい本ではあるのですが、分厚く細かく書かれているので、再読したり、事業の最中にちょっと参考にするには重い感じがするということです。

もう一つには、ステップが細かく書かれているのは良いのですが、具体的に書かれすぎていて、実際の事業に当てはめるときにかえってわかりにくいという点です。

そこをカバーするフォロー本として「顧客開発モデルのトリセツ」という電子書籍が出版されました。この本は、アントレプレナーの教科書を読んだ二人の読者が、その本をフォローする解説本として自費出版した本です。

100ページほどの簡潔な電子書籍となっており、いつでもどこでも何度でも読み返しながら顧客開発モデルについての理解を深めることができるようになっています。

私も「アントレプレナーの教科書」を毎回読み返すのは荷が重いと思ってましたので、この電子書籍が出版されたことは福音だと思っています。

顧客開発プロセスを別の角度から見直すことで、顧客開発モデルについてより詳しく、深く理解することができますからね!

2011年12月30日金曜日

恋するプロセス: 非モテ男性は間違った考え方をやめれば彼女ができる

近頃、「女性と付き合ったこともないし、その望みも全く無い」というようなことを言う男性がネットでは増えてるなあ、と思いました。現実にも、プログラマなどの仕事をしている人にはそういう人がいるようです。

彼氏や結婚相手を探している女性が大勢いるのに、女性とのつきあい方が分からない男性が増えているのは、非常にもったいないことだと思います。

こういうことをソフトウェアビジネスのブログで書くのもなんですが、独身男性プログラマの皆さんのお役に立つのではないかと思い、こちらに書かせて頂きます。

自分はモテないと思っている男性は、間違った考え方を持っていて、そのためにモテない状態になっているのです。それらを改めれば、モテモテとは行かないまでも、普通の一般男性と同じくらいにはなれるでしょう。


最大の間違った考え方は、どのようにして女性と交際を始めるかについてです。

非モテ男性は、しばしば、そのプロセスを

女性と知り合う→好きになる→恋に落ちる→告白するorデートに誘う→付き合う

と考えています。しかし、現在の日本においては、自然なプロセスは、

女性と知り合う→とりあえず食事に誘う→お互い気に入れば付き合う

となります。

前者の「惚れてから告白」メソッドの問題点は、多数あります。惚れてから告白だと振られれば傷つきますし、そもそも恋愛の機会が大きく減ってしまいます。それに、どうしても高望みしがちになります。最大の問題は、惚れてからデートに誘うと、気負いすぎて、女性に「気持ち悪い」と思われがちになることです。

女性を食事に誘うときは、なるべく気負い無く自然な感じで誘うほど成功の可能性は高まります。ですから、特別な感情を持つ前に、少しだけ好意がある人を誘うのが一番良いのです。それなら振られても傷つきませんしね。

特別惚れた相手じゃなくても、女性と付き合うというのは良いことです。人間として成長させてくれますし、付き合えばどんどん好きになっていくということもあるでしょう。

ですから、気軽に多くの女性を食事に誘って、交際のスキルを高めて、誰かと付き合うことを強くお勧めします。


次に多くの人が間違っているのは「自分は男として魅力がないからモテない」と思っていることです。それは90%以上の確率で間違っているでしょう。いえ、べつにあなたに魅力がないことを否定するわけではありませんが、現実には、多くの魅力のない男性が女性と付き合っているわけです。魅力がないことは付き合えない原因ではないのです。

女性にモテないのは、自分を売り込む方法が下手で、売り込む回数が足りないだけです。すなわち営業努力が足りないのです。

経営の世界には「商品2分に売り8分」という言葉があります。商品自体の力よりも、営業の力のほうがずっと大切だということです。

ビジネスの世界では誰もが営業マンにうんざりしていますので、営業とは非常に難しい仕事です。ですが、ありがたいことに、日本では美女以外の独身女性は男性の誘いを待っていますので、無難にアプローチすることができれば、あまり嫌がられることはないでしょう。

とにかく気負い無く、自然に誘い、断られたらすんなり諦めることです。あとは、それを繰り返していれば、どんどんスキルがあがっていき、うまく行くようになるでしょう。

そもそも女性と知り合う機会がないという人もいるかもしれませんが、ちょっと行動範囲を広げれば色々なところに女性はいるものです。プログラマの狭い世界にいる希な女性を口説くよりも、女性が多いところにいる女性を口説くほうが難易度はずっと低いでしょう。

参考書としては「モテる技術」という本をおすすめします。この本はアメリカの本なので、日本の社会には合わない点もありますが、とても具体的で正しいことが書いてあるので良い内容です。モテ本をあまり読んだことがあるわけではないので、これがベストとは言い切れませんけど。この本はセックスだけが目的みたいに書いてありますが、そうではない人にも役立つはずです。

ま、本来はこんな本を読んで難しく考えずとも、とにかくお食事の回数をこなせば良いのです。べつにデートや恋愛と考えずとも、女性とお食事して悪いことなど何もないのですから。

2011年11月19日土曜日

経営の教科書の決定版: 60分間・企業ダントツ化プロジェクト

もし、あなたが経営書を一冊だけ読むのであれば、この60分間・企業ダントツ化プロジェクトをお勧めします。経営の本質が過不足なくきっちりまとまった教科書と言って良いでしょう。

著者の神田昌典さんは、これまでに数多くのベストセラーを著してきた有名なダイレクトマーケターです。その経営ノウハウを惜しみなくつぎ込んだのが、この本だと言えます。

世の中に、読んで面白い経営書はいくらでもあります。何らかの意味で参考になる経営書もそこそこあるでしょう。しかし一冊だけ本を読んで全容を把握できるような本は、これまでに無かったのだ、と思わされました。

本書では、戦略とは何か、商品戦略、顧客戦略、競合戦略、価格戦略、営業戦略、コミュニケーション戦略などの本質を一気に学ぶことができます。

この本には、偏った考え方や、一部の企業や事業にしか適用できない点がなく、全ての事業にたいして適用できる極めて正統的な本質が書かれているので、誰にでも安心して薦めることが出来ます。

またベストセラー著者の神田昌典さんが書いているので、文章も大変読みやすく、誰でも苦労なく読み通すことができるでしょう。

初心者から上級者まで、全ての経営者にお勧めです。とくに初心者やこれから起業する人は必ず読むべきでしょう。


以下は復習用の要約です。読み終わって復習したい方はどうぞ。

第一章: 戦略は足し算ではなく、掛け算からうまれる。

- 戦略が間違っていれば忙しくて儲からない会社になる。
- 戦略のある会社は楽して儲かる。
- 戦略とは選択すること。そして優先順位をつけること。
- 60分で戦略をつくれない経営者は10年経っても戦略をつくれない
- 戦略はかけ算であるので、一つでも0点の要素があれば全体が0点になる

第二章: 商品(1) ライフサイクル分析

- いまの日本で松下幸之助がエアコンを売って億万長者になれるか?
- 商品にはライフサイクルがある。導入期、成長期、成熟期の3つ。
- 成長期にさしかかった商品が一番売れるし、儲かる。
- 導入期は冬の時期であり、売れないし、失敗の確率も高い。
- 最近は商品ライフサイクルが短いので、導入期に参入する必要もあるが難しい。
- 商品ライフサイクルの計算をして、事業の寿命を予測する。

第三章: 商品(2) さらに3つの分析法

- 黙っていても売れる「上りのエスカレーター」に乗れる商品を選ぶ。
- その商品を待っている顧客がどのぐらいいるか?
- 商品コンセプトが顧客に伝わるか?
- その商品を入り口に、その後、広がりを持つか?
- 分析1: ニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)はどれくらいか?
- 分析2: 直感的に理解できるか? 使いこなせる自信があるか?
- 分析3: 水平展開しやすい? 垂直展開しやすい?
- 「使ってみれば分かる」商品は、下りのエスカレーター
- 効果的なネーミングをする

第四章: 顧客 - 理想の顧客に出会う方

- 顧客を選ぶ会社は、顧客に選ばれる。
- 顧客を選ばない会社は、顧客にも選ばれない。
- 説得しないで買ってくれる理想の顧客は誰か?
- 理想の顧客を獲得するコストを下げるにはどうしたらいいか?
- 顧客を連れてくる、影響力のある顧客は誰か?
- 分析4: どういう顧客がどれだけのニーズとウォンツを持つか?
- 分析5: 見込み客特定の難易度は? 価格に対する営業コストは?

第五章: 競合 - 愚者は俺ならできると考える。賢者は愚者でもできることをやる。

- 最強の競合戦略とは、戦わないことである。
- のんびりしながら儲かってる市場を探す。電話帳の厚いところを見る。
- 分析6: 市場の成熟度、商品スイッチの難易度
- 分析7: 顧客から見て競合より魅力的な商品か? 優位性を簡潔に伝えられるか?
- 優位性を簡潔に表わす表現(USP)を作る。
- 分析8: 顧客から見て、価格の明朗性は? 価格の妥当性は?
- 分析9: 参入障壁は高いか? 撤退コストは高いか?
- 事業を始めるときには、撤退するときのことを考える。

第六章: 収益シミュレーション

- 顧客獲得コストとは、日本の1億3000万人の中から見込み客を探して買わせるコストである。
- 顧客獲得コストはいくらなのか、顧客の生涯価値はいくらなのか。
- 顧客から短期間に得られるキャッシュと、顧客獲得コストを比べてみる。
- 頻繁なリピート購買が期待できる商品なら、粗利率は7~8割以上なければならない。
- 頻繁なリピート購買が期待されない商品なら、初回購入の粗利額は10万円以上なければならない。
- 分析10: 購買リピート性と粗利率・粗利額は?
- セールスに使いやすい媒体と特徴 (本書 pp.231-235)
- ライフサイクル季節別にメッセージ伝達方法を変える

第七章: タイミング - 害虫になるか、それとも天使になるか?

- 営業マンは声をかけるタイミングによって害虫扱いされたりも天使扱いされたりする。
- 顧客獲得コストが下がるタイミングというのがある。そのときに一挙獲得する。
- 分析11: 購買タイミングは把握しやすいか? 購買頻度は高いか?
- 理想の世界と現状を埋めることが戦略発想の根源。理想の世界を想像してみる
- 分析12: 顧客はその商品のことを日常的に考えているか? 差し迫った必要性はあるか?

第八章: メッセージ - 購買欲求をシステマチックに高める方法

- 顧客の購買欲求と必要性をシステマチックに引き上げる。
- 顧客が怒り・悩み・不安を感じる場面を、五感をを使って描写する。
- 分析13: 問題を視覚化しているか? 問題を焦点化しているか?
- 分析14: 行動に対する障害・不安は大きいか? 自己正当化は容易か?
- 行動するメリットだけではなく、行動しないデメリットを感じさせる
- 現状の危険性を認識させること。
- この方法を適用すると、インチキ商品ですら売れるので危険もある。

最終章: 統合 - ヒラメキは、集中した思考の後に降ってくる

2011年11月18日金曜日

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?は、自己啓発本的なビジネス書です。私の仕事のパートナーの書棚で見つけて手にとって以来、何度か再読しました。とても読みやすくて、示唆に満ちている素晴らしい本だと思います。

仕事や事業を進めていく上では「試すこと」が必要不可欠である、ということがこの本のメッセージですが、そのことを色々な視点とストーリーから分かりやすく語ってくれます。

会話仕立てのこの本は、とても温かい雰囲気に包まれており、仕事や事業に行き詰まりを感じている人にぴったりの本ではないでしょうか。

あまり詳しく書いてしまうと興ざめですので、説明はこのくらいにとどめておきます。ちょっと疲れた日に気持ちよく読める小品として、ビジネスに携わる全ての人におすすめの一冊です。

この本を読んで人生が変わったという人も少なくないという、そんな一冊でもあります。


すでに読み終えた方には、こちらのブログの書評が復習にぴったりかと思います。

2011年8月29日月曜日

ベンチャー起業家が会社設立前に必ず読むべき本 - Venture Deals

米国のベンチャーキャピタリストBrad FeldとJason Mendelsonによる、つい最近出版されたばかりの書籍「Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist」は、ベンチャー起業家が必ず読むべき一冊です。

この本は、ベンチャー企業が投資を受けるとき、会社を売却するときに直面する契約条件などについて実践的な知識がふんだんに盛り込まれています。

皆さんは、米国の法律と事例に基づいた専門的なファイナンス契約に関する書籍を日本人起業家が読む必要があるのか、と疑問をお持ちになることでしょう。しかし、ここまで実践的な経験と知識に基づいて書かれた該博な本が、日本では出版されていないのですから、これを読むほかありません。

日本では「ベンチャー投資」という言葉だけが先行していて、それに関する知識もまったく流布されず、こうした実務に関する情報も殆ど皆無なのですから、現状は笑止千万としか言いようがありません。せめて一人でも多くこうした本を読んで、知識を身につけることを切に願います。この本が日本語に訳出されることを願いますが、読者層の少なさを考えると望み薄ですね。

ベンチャー起業家とは、VCから投資を受けて、IPOや会社売却を目指す起業家のことですが、もしあなたが投資を受けるつもりがなくても、誰かと会社を共同所有するのであれば、読む価値はあるかもしれません。

[以下やや逸脱]

企業や組織を他人と運営していくときに、もっとも大切なのはガバナンス(組織統治)の方法です。この本には、アメリカで実際に無数に試されてきたガバナンスの一つのベストプラクティスが載せられています。

株式会社などの設立時や投資時には、素人では、せいぜい持ち分の設定と取締役の選任をして終わりです。しかし、実際には、他にも取り決めておくべきことは沢山あります。とくに、新株発行(増資とストックオプション)についてのルールと、Vesting(創業者退任時の株式の買い取りルール)は、会社設立時や増資時に確実に書面にしておくべきでしょう。さもなくば、確実に揉め事の元になります。私もそれで何度もトラブルを経験しました。

また共同経営者にもこうした本を読ませるべきでしょう。日本ではガバナンスの知識が浸透しておらず、頭が良く優秀で誠実な経営者であっても、ひどく間違った考え方を持っている人もいます。株主の権利を軽視して、不当または不公平な増資を行うような不誠実な経営者が多くいます。そのために、まともな経営者ですらそうした行為を当たり前だと思うような始末です。

[逸脱おわり]

この本は、平易な英語によって書かれてはいますが、ベンチャー投資について事前知識がなければ読むのは難しいでしょう。あらかじめ磯崎氏の「起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと」を読んだり、TechCrunch等のブログを読んで米国ベンチャー用語について学んでおく必要があります。また、もちろん株式会社に関する常識的な知識も必要です。

私も、もっと会社運営の法的な実務と、ガバナンスの知識について学ぼう、という思いを持ちました。ちょっとしたことに気をつけるだけで、将来のトラブルを未然に防げるのですから。

以下、内容概略:

第1章: "Players". 起業家、ベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家、シンジケート、弁護士、メンターなどのベンチャー投資関係者についての概略。
第2章: "How to Raise Money". 投資を受けるための心構えや用意すべきプレゼン書類など。アーリーステージでは、実際に動くデモが重要であって、ビジネスプラン(とくに予測売上)は重要ではない。
第3章: "Overview of the Term Sheet". タームシート(投資条件についての合意書)の要素について。タームシートに金銭的な要素と会社支配権の要素がある。
第4章: "Economic Terms of the Term Sheet". タームシートの金銭的な要素について。価格、Liquidity Preference、Pay-to-play、Vesting、Employee Pool、Antidilution (稀薄化防止条項)。
第5章: "Control Terms of the Term Sheet". タームシートの会社支配に関する要素について。取締役の選任権、重要事項の拒否権、Drag-Along Agreement、転換権。
第6章: "Other Terms of the Term Sheet". タームシートのその他の要素について。これらの要素はそれほど交渉の余地はない。
第7章: "The Capitalization Table". Cap Table、すなわち会社価値、持ち分、株式数、株式購入金額などの表の計算方法。
第8章: "How Venture Capital Fund Work". ベンチャーキャピタルがどのような仕組みで動いているか、組織や運営原理についての説明。
第9章: "Negotiation Tactics". どのようにVCと交渉するか。
第10章: "Raising Money the Right Way". 投資を受けるときにやるべきでない6つのこと。これをやると、すごく素人くさく見えるし、場合によっては案件がぽしゃる。例: NDAを求めるな。一人ぼっちで起業するな。
第11章: "Issues at Different Financing Stages". 段階別の投資について。シードステージ、アーリーステージ、ミドル・レイターステージ。また転換社債を使った投資など。転換社債を使うと債務超過になるので、その期間の行為について取締役が法的責任を負う恐れがある。
第12章: "Letters of Intent - The Other Term Sheet". Letters of Intent (買収を受けるときの条件合意書)について。どのような条項があり、なにに気をつけるべきか。
第13章: "Legal Things Every Entrepreneur Should Know". 起業家が知っておくべき法的事柄について。知的所有権や雇用関係など。

参考:

2011年5月17日火曜日

ダイレクト・マーケティングの実際

世の中にマーケティングの本は数多くありますが、私がこれまで読んだ数十冊のなかで感動した本は一冊だけです。それが本書「ダイレクト・マーケティングの実際 (日経文庫)」です。

本書は1987年に書かれた本で、内容には古びた点が数多くありますが、それでもベストの本であると自信をもって言うことができます。

なにが良いかというと、本書ではダイレクト・レスポンス・マーケティングという一分野に絞って、実際に実践できるだけの具体的な知識を数多く書いていることです。他書は概要レベルに止まるのに対して、本書はコンパクトなのにもかかわらず実用レベルと言えます。

著者のルディー和子さんは、エスティ・ローダーのマーケティングマネジャー、タイム社のダイレクトマーケティング本部長などを務めたバリバリの実践派の方です。それが本場アメリカのダイレクトマーケティングの実践知識を本書に詰め込んだのだから、非常に有意義です。日本では未だにこのレベルの実践ができている会社は少ないのではないでしょうか。

ダイレクト・マーケティングが通常のマーケティングと異なるのは、直接に反応を得ることができるということです。広告や販促の効果を計測し、データに基づいた販売ができるということです。この概念は、インターネット時代になり、重要性がさらに高まっています。

実験と統計学に基づいた科学的な経営は、これからさらに重要になってくるでしょう。本書には統計表なども載っていますので、統計学の知識がなくても経営に統計を活かすことができます。

皆さんがダイレクト・マーケティングを行っていないとしても、全ての経営者とマーケターにとって必読の一冊であると言えます。本書から科学的経営、科学的マーケティングのエッセンスを学ぶことができるでしょう。

経営書の多くは概念的な本であり、実際の経営にすぐ役立てられない本ばかりです。逆に、通俗経営本のたぐいは、断片的な知識だけであり、大局観をもった科学的な経営の役には立ちません。

本書のような素晴らしい経営書がもっと出てくることを望むばかりです。

とっくの昔に絶版ですが、amazonマーケットプレースで安く購入可能ですので、至急いますぐ購入を!

2011年3月29日火曜日

IPv6がダメなら、どうするべきであるのか

この記事はわりとコンピュータ専門家向きです。ただし、IT企業経営者やコンサルタントの方であれば、わかりにくい点があっても読んで頂くとよろしいかもしれません。

この記事の著者はネットワークの専門家ではありません。開発者・経営者・システム運用者としての観点から述べているものであり、ネットワークの専門的内容には誤りが含まれている可能性があることをご了承ください。

さて先述の記事のようにIPv6がダメというだけでは意味がありません。では、IPv4枯渇対策としてどのような方法が考えられるのかを列挙してみましょう。

* IPv4ヘッダのオプション導入 (難易度: いまさら遅い)

前の記事にも書きましたが、アドレス枯渇対策としては、IPv6のような互換性のないプロトコルではなく、IPv4ヘッダのオプションとして拡張アドレスを導入するという方法でアドレス空間を拡張する手法をとるべきでした。

IPv4ヘッダのオプションであれば、途中経由するルータが未対応であっても、そのまま通してもらうことができます。発信元と発信先の最終目的地部分だけが拡張アドレスに対応していれば良いのです。

10.1.1.1.256のように記述されたアドレスの場合、10.1.1.1までは通常のIPv4アドレスと同じように送信され、10.1.1.1のルータが256番のコンピュータへ送信を行います。この場合、末端のコンピュータが本形式に非対応であればアドレス変換を行ってもいいでしょうし、そうでなければそのままの形式で送ることができます。

この方法であれば上位互換性がありますので、OS、ブラウザやルータが新しいものに置き換わっていけば自然と対応が広がっていきます。ネットワークも末端部分だけを置き換えれば良いので、非常に容易に対応ができます。

P2P通信を使うようなSkypeなどのソフトウェアから徐々に有用性が認知されて広がっていったことでしょう。

いまさら普及が間に合わないので、枯渇対策としては時既に遅しですが、この方法であれば上位互換性を持ったままアドレス空間を十分に広げることができたので非常に残念です。

* プロバイダでのユーザ向けNATの導入 (難易度: 低)

ユーザの接続に関しては、NAT(ネットワークアドレス変換)を利用することで、TCPやUDPのポート番号を使ってアドレス空間を拡張することができます。

大規模NATではポート番号が足りなくなるという説がありますが、宛先アドレスごとに65536個のポートがあることを考えると、実際にはすぐに足りなくなることは考えにくいでしょう。

ただし、大規模NATを行うためのルータへの投資額はそれなりに大きなものになりそうです。

外から内への通信に関しては、NATを超えた通信を行う仕様の標準化さえ行われれば問題ないでしょう。またサーバ側に多少負荷はかかりますが、サーバを経由して通信することには何ら問題はありません。

この方法は、実際に行われていくだろうと考えられます。

* サーバへのNATの導入 (難易度: 低)

では、サーバにはNATが導入できないのでしょうか?

サーバへのNATの導入には、いくつかの問題があります。例えば、メール送信に使うSMTPはポート番号が固定されていますので、現状ではNATを利用することはできません。

ウェブ閲覧に使うHTTPであれば、ポート番号を自由に変更することができますが、URLが「http://example.com:4000」のようにダサい感じになってしまいます。これは顧客を直接相手にするサイトにとってはユーザの安心感や信頼度を下げてしまう大問題です。そのため、使われるとしてもアドレスバーに表示されないサーバ(画像やコンテンツの配信サーバ等)への適用になるでしょう。

他のプロトコルに関しても、多少ダサくなったり、多少設定が面倒だったりする以外は、何とかなるのではないかと思います。またトラフィックの大多数を占めているHTTP/HTTPSが何とかなるだけで、大きく状況はマシになると考えられます。

サーバネットワークにNATを導入している事例はまだ少ないと考えられるので、対応したネットワークスイッチが存在しないか、存在しても高価で設定が難しいかもしれません(調べてないけど)。ヤマハなどのルータには本方式を実現できる機能がありますが、速度的にはスイッチよりもだいぶ劣ると思われます。そのため現時点では実現可能性に難があります。

* サーバNATのためのSRVレコードへの対応 (難易度: 中)

サーバNATは、サーバ側におけるIPアドレス節約の王道ですが、先に述べたようにURLがダサくなってしまうことが難点です。これではメインのウェブサーバをNAT内に置くことができません。

ブラウザがhttp://example.comのような通常のアドレスを見たときに、ポート番号まで合わせてDNSで取得するように実装を変更されれば、サーバNATも普通に利用できるようになります。

このためにはブラウザがHTTPでアクセスするときにもDNSのSRVレコードに対応するようになればOKですが、これにはだいぶ時間がかかりそうです。

またHTTP以外の他のプロトコルに関してもNAT対応の標準化を急ぐべきでしょう。全てのプロトコルのNAT対応が完了すれば、実質的にIPアドレスは数万倍となり、当面は枯渇問題をしのぐことができます。

* SNI(Server Name Indication)の導入 (難易度: 低)

HTTPでは、サーバ側が一つのIPアドレスであっても複数のURLを割り当てることにより複数のサーバがあるかのように振る舞うことができます。これをVirtual Hostと言います。

これを利用することによりサーバやIPアドレスを集約して、アドレスを節約することできます。しかし、それには障壁がありVirtual HostではHTTPSが使えないのです。HTTPSでは、一つのサーバ名ごとに必ず一つのIPアドレスが必要となっていました。

それを解決するのがServer Name Indicationです。SNIが実装されると、HTTPSでもVirtual Hostを利用することができます。それによってIPアドレスが多少節約できる場合があると考えられます。但し、あくまでVirtual Hostにしか有効ではないので、アドレス枯渇の救世主とはならないように思われます。

SNIは実装が進められていますが、Windows XPのInternet Explorerには実装されない見通しなのが残念です。

* IPアドレス保有を有料にする (難易度: 高)

IPv4アドレスの枯渇には政治的な側面もあります。

IPv4アドレスの分配は市場メカニズムではなく、管理団体により恣意的に行われています。

たとえば、昔にIPv4アドレスを取得した団体ほど審査は緩く、容易に(ムダに)多数のアドレスを取得することができました。そのためアメリカには膨大な数(数千万)のIPアドレスを保有する組織がいくつもあります。

また自分でIPアドレスを保有申請できるプロバイダは容易にIPアドレスを取得出来るのにたいして、プロバイダを介して保有申請しなければいけないエンドユーザは、たった32~256個程度のIPアドレスを取得するにも毎月多額の接続料を支払わなければなりません。

アドレス枯渇のトレンドが明確になってからも、IPアドレス自体に課金することは行われていません。そのためIPアドレス取得が容易な組織にとってはIPアドレスを節約するインセンティブはありませんでした。

それどころか、IPアドレスを多量に消費すれば、もっとIPアドレスを所有する申請ができるのですから、IPアドレスを浪費するインセンティブがあることになります。

このような間違ったインセンティブと不公平な分配がIPアドレス枯渇を加速させた一因となっていることは間違いありません。

枯渇が心配された早期の段階でIPアドレス取得を有料にするべきでしたし、今からでも遅くはないのでIPアドレス保有を有料にするべきでしょう。しかしながら、それは政治的に難しいのかもしれません。

* まとめ

以上のように、IPアドレス枯渇対策には色々な手があります。もう枯渇が差し迫った今となっては、姑息的な打ち手しかないのが残念です。

またIPアドレスが米国において実際に逼迫するまでは、これらの実装は進まないと考えられるので、そうなると米国よりも先にIPアドレスが枯渇する諸国にとっては苦難の時期となることも考えられます。

日本としてはこうした手段がスムースに実装されるように努力しなければなりませんね。

2011年2月27日日曜日

IPv6はなぜダメなのか

IPv4アドレス枯渇対策として喧伝されているものに、IPv6があります。

私はIPv6が普及して使われるようになる可能性はこの期に及んでもまだ半々くらいと考えています。なぜならIPv6というプロトコルへの移行はきわめて難しく非経済的だからです。

IPv6は既存のネットワークと全く互換性がなく、移行のためにはハードウェアを買い換えたりソフトウェアをアップデートするだけでは足りず、新たなネットワーク設定を作成して運用するという膨大なコストが必要になるからです。

IPv4アドレスが大いに不足したとしても、依然としてIPv6を導入するインセンティブは働きません。なぜならIPv6を導入しても、IPv6だけではIPv4サイトに接続することはできず、接続のためには必ず一つのIPv4アドレスを必要とするからです。もしIPv4アドレスが一つでも入手できるのであれば、IPv6を導入する意味はありません。[1]

ユーザがIPv4にとどまりつづけるならば、サーバ側もわざわざコストをかけてIPv6へ移行することはしないでしょう。先日はIPv6デーというイベントが開催され、Googleなどの大手サイトが当日だけIPv6で接続可能にするという実験が行われました。ことここに至っても、たった一日だけしかIPv6を有効に出来ないことからも、IPv6のニーズのなさとコストの高さを印象づけるイベントとなりました。

そのような状態では、IPv4アドレスが入手できないインターネット事業者が、苦肉の策でIPv6でビジネスをしたとしても、ユーザが集まらずビジネスはうまく行かないでしょう。

このような全く互換性のないプロトコルを推進するのではなく、IPv4のオプションの形で拡張アドレスを定義して、末端のルータによってアドレス変換を行うような形で実装するべきでした。そうすれば少ない非互換性でアドレス枯渇問題に対応することができたのに!

IPv6の極めて高い非互換性を考えると、単純に「非互換」と言っても、非互換性の程度には大きな幅があるのだな、と考えさせられます。

IPv6の普及が遅々として進まず、批判が上がっていることを無視しても、強引にIPv6を推進しようとしているインターネット団体の人々はIPv4枯渇の戦犯と言ってもいいでしょう。

なぜIETF等の聡明な人々が「全てのインターネットのネットワークがIPv6に置き換えられる」という非現実的な期待を抱いたのか、私には理解できません。インターネットの構成員にたいして命令を強制することのできる人は、世界のどこにもいないのですから。

参考文献:

  1. 覚悟はできてますか? - トンでもなく高価なIPv6

2011年2月6日日曜日

IPv4アドレス枯渇の経営への影響

ちまたではIPv4アドレスがついに枯渇すると話題になっています。本稿では、エンジニアではない事業家に向けてIPv4枯渇問題を説明します。

本稿の筆者もネットワークの専門家ではないので、間違った記述や偏見にもとづいた記述があるかもしれないことをお断りしておきます。ただしネットワークの専門家による記事は、末端の事業家やエンジニアには何の役にも立たないことが通例ですので、そうした記事とあわせてお読み頂ければと思います。

* IPv4枯渇問題とは何か

我々はインターネットを利用するときにIPアドレスという電話番号のような番号を利用しています。利用者はIPアドレスを一切意識しないで利用しているかもしれませんが、実際は、全ての機器にIPアドレスが割り振られています。

インターネットは、IPアドレスに完全に依存して作られており、IPアドレスが無ければ、通信は不可能です。

そのIPアドレスが現在足りなくなりつつあります。2011年中には新規割当の在庫は底をつくと予想されています。

いわば電話番号の桁数が足りなくなって新規の利用者が加入できなくなりそうだ、という状況なのです。

* IPv4アドレス枯渇したらどうなるのか

現在、IPアドレスの桁数を増やしたIPv6アドレスという新しい形式が準備されつつあります。新しい形式に乗り換えることができれば、とてつもない桁数のIPアドレスが提供されるので、枯渇の心配はなくなります。

しかし、残念なことにIPv6アドレスを利用するためには、既存の全世界にある全ての機器や通信網を置き換える必要性があり、切替には長い時間と大きな費用がかかるのです。

IPv4アドレスが枯渇したら順調にIPv6に切り替わると言う論者もいますが、その切替には最短でも数年以上かかると考えられています。そのあいだ、我々は限られたIPv4アドレスを何とかやりくりして事業を続けていくしかありません。

IPv6がうまく普及するかどうか私にはわかりませんが、差し迫ったIPv4枯渇問題に対してIPv6は全く無力なのです。

* 一般企業やユーザへの影響

インターネットにおいて専ら利用者に止まる企業は、当面IPv4アドレス枯渇の影響を気にする必要はありません。

なぜかと言うと、ユーザがインターネットを利用するとき、通常はファイアウォールやルータなどの内側からアクセスしています。その内側では、内線番号にあたるプライベートIPアドレスを利用してますので、IPv4アドレス枯渇の影響を受けません。

外側のIPv4アドレス(グローバルアドレス)は複数の企業やユーザ間で共有することができますし、そうした有効活用に必要な方策はインターネットプロバイダが講じることになるでしょう。この技術をネットワークアドレス変換(NAT)と呼びます。

例えば、電話番号が一つしかない会社であっても、外線発信は同時に何人もできる場合が多いでしょう。そのようにIPアドレスも発信側であれば電話番号はあまり重要ではないのです。

現在は電話番号(グローバルアドレス)が一つの利用団体ごとに一つ以上割り当てられていますが、それを複数の利用者や企業で共通のものを利用するということです。乱暴な話だと思われるかもしれませんが、外部に交換手となるサーバがあれば、理論的にはうまく通信をさばくことは可能です。

そのため、ユーザはインターネットを利用するときにIPv4アドレス枯渇の影響をあまり気にすることなく利用することができると思われます。多少影響があるとしても、接続速度が若干低下したり、接続料金が若干あがる程度でしょう。(ただし今後大幅に発展する途上国においてはユーザのIPv4アドレスも大幅に不足する恐れがあります)

IP電話(VoIP)や仮想専用線(VPN)などを利用していたり、自社でメールサーバを運用しているなど受信側の機能がある場合には、なんらかの影響が出る恐れがあります。対策にはコストがかかるかもしれませんが、IPv4アドレス枯渇によって事業に大きな影響が及ぶことはないでしょう。

* インターネットインフラ事業者への影響

インターネット接続やインターネットサーバなどを提供しているインフラ事業者には枯渇の影響があります。が、その程度は業種、業態、規模、社歴などにより様々であると考えられます。

ユーザにインターネット接続を提供する消費者向けインターネット接続事業者(いわゆるプロバイダ)は先ほど述べたようにアドレス変換(NAT等)によって、少ないIPv4アドレスを多数のユーザに提供することができます。そのためビジネスへの影響は限定的と考えられます。

消費者向けプロバイダにおいても、技術的にはコストのかかる多くの難しい問題を解決していかなければなりませんが、それによってビジネスの成長がストップすることは考えにくいのです。

IPv4アドレス枯渇により最も深刻な影響を受けると考えられるのがホスティング事業者です。ホスティングとは、インターネット上でビジネスをするためのサーバ機器を多量に運用して、それをインターネット事業者へ貸し出す事業です。

サーバ機器を動かすには、通常、一台につき一つのIPアドレスが必要になります。

大規模なホスティング事業者においては、数千台、数万台のサーバを運用しており、その一台ごとにIPアドレスが必要となります。もしIPv4アドレスが枯渇すれば、事業拡大ができなくなってしまいます。

既存のホスティング事業者がどのような解決策を講じているのか、まだあまり明らかになってはいませんが、これから先、IPv4アドレスの不足がビジネス上の制約になることは避けられないと思われます。

またサーバ向けのインターネット接続事業においても、同様にIPアドレスの数がビジネス上きわめて重要ですので、事業拡大に深刻な影響が生じます。

プロバイダも含め、インターネットインフラ事業領域においては今後の新規開業が難しくなると予想されます。新規開業に必要なIPアドレスの割当が受けられず、もし他社から購入するとすれば大幅な費用がかかり、既存の事業者との競争上不利になるためです。

そのためインターネットインフラ事業領域においては競争が低下し、値段が高止まりすることが予想されます。

ホスティングやデータセンター向け接続などの事業領域においては、新規開業ができなくなり、既存の事業者も事業拡大が困難になり、サーバ設置の価格は高騰する恐れがあります。

* その他のインターネット事業者への影響

IPアドレスが足りなくなることは、インターネットの発展にとって大きな阻害要因となる可能性があります。

楽天やmixiのようなインターネット事業者にとってもIPアドレスの確保は重大な問題です。彼らも数千台以上のサーバ機器を抱えているからです。ただ既存事業者は恐らく当面必要なIPv4アドレスを十分に確保しているはずで、今後有効活用の方策などを講じれば、ビジネスに深刻な影響がでることはないでしょう。

問題は、これからスタートする新しい企業や、資金の余裕がなくIPアドレスを十分に確保できない事業者です。

インターネットで事業を行うには、基本的にサーバ機器が必要となり、IPアドレスを確保する必要があります。

彼らはIPアドレスの割当を受けることができず、高いお金で購入する必要がでてくることが考えられます。そうなった場合、新規事業のコストは大きく跳ね上がり競争上きわめて不利な状況に置かれます。

こうなるとインターネット事業領域では新しい発展や改革が起こりにくくなることが考えられます。インターネット領域でのイノベーションが起こりにくくなることは、世界経済やベンチャーキャピタルなどの産業にとって大きなマイナスをもたらします。

* ではどうすればいいのか

皆様の会社がインターネットを利用者としてのみ使っているのであれば、大きな心配は不要です。あと数年して状況が明確になってから、インターネット関係の業者に相談して、対策を検討すれば良いでしょう。(現時点で相談してもはっきりした答えは得られないと思います)

インターネットインフラ事業者の方々は、そもそもこんな素人のページを読まないでしょうし、私が申し上げるようなことは何もありません。

インターネット上で事業を展開している事業家の方々は、これから来るIPv4アドレス枯渇時代に備えて、十分な検討と対策を行うべきです。

現時点では情報が交錯しており、まだ確固とした対策を決められるわけではありません。慌てて、業者やコンサルタントなどの口車に乗って高額の対策を打ったりしないほうが良いでしょう。

もし近い将来にIPアドレスが不足したりサーバを増設したりする予定があるのであれば、前倒しにIPアドレスを確保すべきです。遠い将来の分のIPアドレスを確保すべきかどうかはまだわかりません。予算があれば検討しても良いでしょう。その確保は信頼できる接続業者等に依頼すべきです。

また将来におけるIPアドレスの枯渇対策や有効活用の方策などについて、エンジニアに情報収集と検討を始めるよう指示すべきです。ただし現時点では時期尚早ですので、具体的な計画までは決めないほうが良いでしょう。

* なぜ問題が深刻化しているのか

なぜIPv4枯渇問題はここまで深刻化しているのでしょうか。

これまで日本でも電話番号の桁数が足りなくなって桁が増えるようなことが何度もありましたが、それによって電話が止まったり、多くの会社の事業計画に影響を及ぼすようなことはありませんでした。

石油も枯渇すると何十年前から言われ続けていますが、まだいまのところ、すぐに枯渇するという状況ではないようです。地上波デジタルテレビへの移行も、大きな混乱を伴いつつも何とかやれています。

なぜインターネットだけが深刻な危機に直面しているのでしょうか。

インターネットは一つの企業や組織によって運用されているわけではなく、多数の機関や事業者の集合体であり、そのうち誰一人としてIPアドレス枯渇に責任を負っている人がいないのです。

インターネットの技術面を指揮するIETFなどの団体は、現在の事態にあまり危機感を抱いていないようです。本来であればIPv4枯渇対策技術を緊急に策定する必要があるはずですが、あまりそうした技術の話を聞くことはありません。不思議です。

本来であればIPアドレスを提供することに責任があるはずのJPNIC(アドレス割当団体)内のIPv4枯渇対策タスクフォースに至っては、彼らが熱烈に推進するIPv6を普及する絶好の機会として、IPv4枯渇を歓迎するようなプレスリリースを発表するという倒錯ぶりです。

インターネットに大きな影響力を持つ既存の事業者(とくに米国の事業者)は、既に膨大なIPアドレスを確保していることも考えられます。その場合、彼らにとってはIPアドレスが枯渇するほうが得になります。

また個々の接続事業者は、通例、自社の持っているIPアドレスの活用状況や在庫状況を明らかにしておらず、どれくらい事業拡張・事業継続の見込みがあるのかを公開していません。

そのため末端のインターネット企業やエンジニアにとっては、今後どのように事態が展開するのか全く予想が付かないのが正直なところです。弊社でも、利用している接続事業者に今後の対応について問い合わせていますが、営業担当者からは何の情報も持っていないとの回答がありました。

このような状況下で、情報が錯綜して、誰も正しい判断を下せない状態になっているようです。

とくにインターネットを主導する諸団体の人々は、IPv6という一つの新技術に固執し、それが枯渇に当面間に合わないことが分かった後になっても他の技術をないがしろにして危機を招いた責任があると言えます。

これから先、新技術や新対策が急ピッチで用意され、枯渇が各社の事業に深刻な影響を及ぼすことは回避される可能性も十分あります。いずれにせよ、対策には大きなコストがかかるでしょうが、それが決算書を大きく毀損することにはならない可能性もあります。

その一方で、IPv4が完全に枯渇し、IPアドレスの価格が暴騰し、インターネットの新規起業のコストがかなり増大する可能性も考えられます。

ただしそれで起業成功例が減るかは疑問です。そもそも起業家とは、どんな逆境も乗り越えて困難に打ち勝って成功するものです。たかだか技術的にIPアドレスが足りないという問題が、本当に起業を殺すことにはならないでしょう。

万が一、最悪の事態になれば、インターネットがIPv4とIPv6の二つの世界に分断され、お互いが通信できない極めて混乱した事態になることも考えられます。しかし、そうした事態は当面は起こらないでしょうし、日本で起こるとは考えにくいです。

IPv6への全面移行が完了したのちには、IPv6移行コストを負担できない小企業、個人、大学研究室などのサーバが停止し、インターネットから幾らかの古い情報が消える可能性もあります。それも遠い未来の話です。

以上、現時点でのIPv4アドレス枯渇問題の解説でした。

状況は移り変わりますので、常に最新の情報を参照しながら行動されることをおすすめします。

2010年10月26日火曜日

ストーリーとしての競争戦略 - 楠木建

一橋大学の教授による競争戦略の本です。

「ストーリーとしての競争戦略」というと、物語のようなもので競争戦略を語るのかと思ってしまいますが、そうではありません。戦略を、時間軸上に展開されるビジネス上の打ち手、すなわち決定や目標(構成要素)と、それらをつなぐ因果関係の線で、一つのグラフとして捉えるということです。そのグラフを本書では「ストーリー」と呼んでいます。

私はこれまで競争戦略の本をあまり読んでいませんので、本書が初めて読む本格的な競争戦略論の書籍ということになります。

本書は、著者独特の考え方の紹介に止まるものではなく、競争戦略の全体像を広い視点で分かりやすく描いています。競争戦略の初学者にとっては、うってつけの本と言えるでしょう。本書の説明と論理は非常に明確であり、本書を読み終えてから、私が企業戦略を考えるときの視野が一気にクリアになった観すらあります。

弊社でも全員でこれを読んで「戦略とは何か」ということについて共通の視点と語彙を持てるようにする予定です。

私にとって一つの嬉しい驚きは、これを書いたのが日本人であるということです。日本人には、分厚くて、網羅的で、事例が豊富で、分かりやすく、面白く、論理的で、学習的であるような教科書的な本を書くことは出来ないと思い込んでいたので、本書には驚かされました。

また、このような骨太の本がベストセラーとなって話題になっているのも、とても嬉しいことです。日本には優秀な方がまだまだ大勢いるのでしょうね。

以下、しばし本書の内容を紹介します。

本書の骨子は、ビジネス上の打ち手と、それをつなぐ因果関係を組み立てて、全体の相互作用として他社が真似の出来ない優位性を手に入れ、長期的な利益を確保するということです。

打ち手は、差別化要因(SP)と、組織能力要因(OC)に分かれており、即効性のあるSPと、徐々に蓄積していくOCの組み合わせによって、強力なストーリーを組み立てるというものです。

ストーリーは、個々の打ち手が一つのコンセプトのもとに、一貫性を持ってつながり、それによって競争優位を確立します。そして、そこには他社が真似出来ないクリティカル・コア(奇手、妙手)があり、模倣を防ぐということです。

一貫性とは、すなわち各打ち手の間が、明確に実証された因果関係でつながり、さらに一本ではなく複数の線でつながっているということです。ゴール(競争優位)に向かって、複数の点と線が絡み合いながら突き進んでいくということです。

本書の視点は、経営全体を捉えており、そして論理的ですので、この枠組みは経営を理解する上で、確実に視界をクリアにします。また細かい部分まで作り込まれており、実務と照らし合わせて理解することが容易です。

ただし完全に新規起業する会社や新規事業にとって、創業当初から徹底した競争戦略の打ち手を考えるというのは難しいでしょう。実際には試行錯誤しながら試せる打ち手を全て試していくというものが最初のフェーズになります。それから顧客が見つかり、組織として回るようになってから、本書にあるような競争戦略の出番となると思われます。

試行錯誤しながら打ち手を決める方法については、「アントレプレナーの教科書」のような書籍が参考になると思われます。

もし当初から完全にシナリオを決めうちに描いて突撃すると、本書にあるウェブバンの事例のような破滅的展開が待ち受けてるかもしれません。そのシナリオは、想像に基づくもので、因果関係の確かさが不明確すぎるからです。

経営戦略に興味のある方であれば、皆さん読まれることをおすすめします。