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2013年10月17日木曜日

人生に必要な知恵はすべて「コンサルタントの秘密」で学んだ ― ボールディングの逆行原理を知って人生の手痛い失敗を減らす

僕の人生にもっとも影響を与えた本を挙げろと言われれば、迷うことなく「コンサルタントの秘密」を挙げます。

これを読んでいなければ、僕はもう死んでいるかもしれない。それくらい僕にとって重要な本です。

この本は、ITコンサルタントであるワインバーグが、自身のコンサルティング経験から学んだ教訓を、寓話調に述べた本です。

コンサルタントのための教訓というよりは、人生のための教訓とでも言うべき内容です。IT業界では、この本を読んでいなければモグリというほど有名ですが、ぜひ別業界の人も読むべきでしょう。

すごく癖がある文章で、まわりくどい寓話調の記述から、真意を読み解くのは簡単なことではありません。2度3度読んでみて、ようやく意味がわかったり、実際に本書に挙げられてるようなトラブルで痛い目を見てから、ようやく重要性がわかったりする、そんな本です。

この本には多数の教訓と多数の寓話が出てきて、全体を貫くテーマはあやふやです。そのため、この本を人に紹介するときは、どのように紹介すればよいのか、いつも悩みますし、いまも悩みながら書いています。

人生には、知らなければ痛い目を見る知識というのが色々あります。卑近な例でいえば、「繁華街で客引きについていってはいけない」とか「うまい儲け話は転がっているはずがない」とか、そういう教訓は山ほどあります。

有名なところでは「能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。すると有能な一般社員も無能な中間管理職になる」というピーターの法則などがあるでしょう。

この本は、そういう教訓や法則のなかでも抽象的で知的なものを集めた本と言うこともできます。


そのなかでも私が最も感銘を受けて、いつも心の片隅に置いているのは「ボールディングの逆行原理」の章です。

「ものごとがそうなっているのは、そうなったからだ」という言葉は、すなわち今のような状態になっているには、それ相応の理由があるということです。

その状態がどれだけひどい、どうしようもない状態であるとしても、それはなるべくしてそうなったということです。

ひどい状況を見たときに、あなたは「こんなものは僕ならずっとうまくやれるのに!」と思うかもしれませんが、しかし、それは自惚れであり、もしあなたが責任者になったとすれば、手痛い失敗を犯して、大恥をかくことでしょう。

ひどい状況を引き起こすには、政治的理由、人間関係、顧客、予算、納期、技術的難易度、その他のわけがわからない呪いのような理由がいくらでも考えられます。

ひどい状況を見たときに、あなたが考えるべきことは以下の通りです。

  1. ひどい状況があるということは、ひどい状況を作り出す原因が近くにあるということであり、まずは全力で退路を確保しなければならない。
  2. ひどい状況は、前任者がアホだから作り出されたのではなく、有能な前任者が全力を尽くして善意でやった結果でも、そこまでしかできなかったと考えるべきである。
  3. いまある姿(as is)は、どんなにひどく見えるとしても、少なくとも局所最適にあるからそういう形になっているということを理解せねばならない。局所最適から一歩脱すれば、さらなる地獄のような悲惨さが待ち受けているかもしれない。
  4. 何も考えずに「私ならもっと良い仕事ができる」と言って、足を踏み込めば、確実に前任者と同じ轍を踏むことを理解すること。
  5. もし、それでもひどい状況を変えようとするのならば、「なぜそうなったのか?」を慎重に見極めて、「なにをやってはいけないのか」を見定めて、うぬぼれずに慎重に一歩ずつ改善を行うこと。
このことを知ってから、僕は「いまある姿」ということに対して畏敬の念を持つようになりました。「いまある姿」というのは、だいたいの場合はそうなるべくしてなっているのであり、簡単に変えたり、改善できたりするようなものではないのです。それを忘れれば、「いまある姿」は、あなたに対して強烈な一撃を加えるでしょう。

私は、数年ほど前に、自分のうぬぼれと迂闊さのせいで、泥沼のプロジェクトに足を突っ込み、自殺まで考えるというところまで追い詰められました。

それ以来「ボールディングの逆行原理」は常に私の心とともにあります。

2012年9月24日月曜日

Martin Fowlerの新刊 NoSQL Distilled を読んだよ

NoSQL Distilledは、Martin FowlerとそのThought Worksの同僚によって書かれたNoSQLへの簡単な概略書です。ページ数も薄く、150ページ程度しかないのですが、英語が苦手な我々日本人には、かえってありがたいですね。概略書といっても、日本の本とは違い、実際に実運用で使った人にしか分からない、深く突っ込んだ考察も随所で行われています。

本書では、なぜNoSQLを使うのか、という理由を、水平スケーラビリティ、プログラムの容易さ(プログラムに適したデータモデルの利用)という2つとしています。

NoSQLの水平スケーラビリティについては改めて言うまでもありませんが、プログラムの容易さというのは興味深い観点だと思いました。いわゆるリレーショナルモデルとプログラム言語のデータモデルとのインピーダンスミスマッチを解消する手段としてNoSQLを使うという考え方です。

キーバリューストアやドキュメントデータベースなどでは、一つのレコードをAggregateというひとまとまりのデータと考えることで、配列やハッシュなどのごちゃまぜになったデータ構造をうまく保存できるとしています。この部分については、NoSQLのデータ構造をうまく説明していますので、一読の価値ありです。

またNoSQLの持つスキーマの柔軟性は頻繁な変更のあるシステムと相性が良いのではないかと指摘しています。

また本書では、NoSQLといっても水平スケール指向のものだけでなく、Graph Databaseのように一つのサーバーだけで動かすことを中心にした種類のものにも言及されています。

ドキュメントデータベースなどは、JSONなどのデータにたいして柔軟なクエリを行うこともできるので、一つのサーバーだけで動かすのでもメリットがあるのではないかと考察されています。DynamoDBなどにも対応して欲しい機能です。

但し、本書では依然としてRDBMSがデータベースの第一選択肢に止まり続けるだろうと述べています。私としても、本書を読んだ限りでは、NoSQLの利用は一部の大規模システムなどに止まるのではないかという印象を受けました。より広く使われるには、NoSQLソフトウェアやそれを取り巻く環境がもっと成熟してくることが必要ですね。

本書は列指向データベースのようなOLAP用のデータベースには触れられていなかったのが残念です。私の読解力では、本書で触れられているColumn-Family Storeというものが、Key-Value Databaseとどのように異なるのか全く理解ができませんでした。

2012年9月2日日曜日

「アントレプレナーの教科書」から学ぶ「顧客開発モデル」の方法論

弊社がバイブルとしている書物の一つに「アントレプレナーの教科書」という本があります。この本では、連続起業家であるスティーブ・ブランクが新規事業立ち上げの方法論を明確なプロセスとして表現しています。

顧客開発モデルでは、顧客を見つけるために仮説設定と検証を繰り返していくプロセスを明示しています。顧客の困っていること=ニーズは何か、という仮説を立て、それを早い段階からインタビューして検証します。プロトタイプを作成する前にも、質問などによってニーズがあるかどうかを検証していくことを推奨しています。

顧客のところにでかけていっても、すぐに自分の製品について説明したり、「どんな機能が欲しいか」聞いたりするのではなく、まずは顧客がどのように仕事を進めているか、どのような課題を抱えているか、その課題を自社の製品がどう解決できるか、そういうことを調べていきます。

世の中には起業本が山ほどあふれていますが、これほど「実用的」かつ「実践的」な起業本は少ないでしょう。

製品立ち上げのプロセスを4つの大きなステップ、「顧客発見」「顧客実証」「顧客開拓」「組織構築」に分けて、それぞれを数十の小さなステップに細分して説明しています。それによって細かい実践の方法がカバーされています。

起業本の革命児とも言える書籍であり、アメリカでは本書を元にして「リーン・スタートアップ」などの新しい理論や書籍が次々に誕生しました。

この本は素晴らしい本なのですが、ちょっとした弱点があります。

分かりやすく読みやすい本ではあるのですが、分厚く細かく書かれているので、再読したり、事業の最中にちょっと参考にするには重い感じがするということです。

もう一つには、ステップが細かく書かれているのは良いのですが、具体的に書かれすぎていて、実際の事業に当てはめるときにかえってわかりにくいという点です。

そこをカバーするフォロー本として「顧客開発モデルのトリセツ」という電子書籍が出版されました。この本は、アントレプレナーの教科書を読んだ二人の読者が、その本をフォローする解説本として自費出版した本です。

100ページほどの簡潔な電子書籍となっており、いつでもどこでも何度でも読み返しながら顧客開発モデルについての理解を深めることができるようになっています。

私も「アントレプレナーの教科書」を毎回読み返すのは荷が重いと思ってましたので、この電子書籍が出版されたことは福音だと思っています。

顧客開発プロセスを別の角度から見直すことで、顧客開発モデルについてより詳しく、深く理解することができますからね!

ギーク達の破滅の物語

私は普段フィクションは漫画しか読みません。小説や映画などは時間がかかりすぎるとおもって敬遠しています。しかし、主人公がギークとなれば話は別です。

ギーク(geek)とは、私の定義では、理系男性で、自閉的な性格傾向をもつ変人たちのことです。優秀なプログラマーには、このような性格類型を持つ男性が多く居ます。

ここに紹介する三編の小説は、どれも英国の小説で、皮肉で、滑稽でもあり、やや文学的でもあり、主人公のギーク(科学者またはプログラマー)が冒険をして恋をして破滅するという物語です。

ギーク達がもつ幼稚な愛情、または愛情の欠如が物語に乾いた歪みをもたらします。

ギークは他人が苦手であり、他人とあまり関わろうとしない傾向があります。しかし完全に孤独を好むわけでもなく、彼らが他人と関わるときには常に危うさが伴います。

ギークは恋愛が苦手であり、性欲が薄かったり、愛情が薄かったりします。しかし(以下同文)

そうした彼らが人間と関わり社会と関わるときにどのような問題を引き起こすか、冷めた語り口で、ギークの視点から見ていったのが、これらの物語です。

これらの中でも、「ソーラー」で描かれた、ギークのくせに徹底して俗物で好色で無責任でデブでハゲでチビのマイケル・ビアードという人物に好感と親近感を抱きました。

彼は、他人に興味がなく、他人への誠実さへの欠片も無いくせに、セックスとお金と賞賛が大好きという最低・最悪の人物です。そのくせ、血も涙も無い凶悪人物というわけでもなく、徹底して小人物なのです。

このような人物に嫌悪感を持つ人もいるかもしれませんが、私は彼にこそ人間性の真実を見いだします。俗悪な人物でありながらも、成功と虚栄と求めて、人類の発展に貢献してしまったりする、そんな生き様こそ人間的であり人間の真実だと思うからです。

家族愛にあふれた人たちもいれば、他者を顧みずに数式やコードを愛する人もいる、そんな人間の多様性というものが、この人類の発展を生み出してきたのですから。

日本にもこれくらい俗悪なギークがどんどん増えて、俗悪なベンチャー企業をどんどん立ち上げてくれたら面白くなるのになあ、と思いましたよ。もっと欲望にまみれて生きていきましょう。

2012年6月18日月曜日

起業という幻想 - アメリカンドリームの現実

この本は、平均的な起業家は、いかに華やかなものとはかけ離れており、泥臭い敗残者達であるかを描き出した本です。

起業家の多くは、転職を繰り返し、そのあげくに失業し、小さな会社を立ち上げて自営業とはなるものの、その会社も永遠に成長することがなく、ほとんどが自分一人だけの事業のまま終わる。という起業の現実を描き出しています。

本書では、起業というものは基本的に、仕事の無い人が、なんとか仕事を作り出そうとする試みであり、仕事が無いところ(田舎や発展途上国)でこそ起こるということを示しています。そうした人々はサービス業や建設業など自分の働いていた業界において、少ない資本で起業します。そして、その結果はあまり芳しくなく、大企業で働くよりも少ない成果しかもたらしません。


本書の問題点は、全編が「既存の○○という考え方は間違っている」という形で記述されており、むやみに既存の「幻想」なるものを攻撃するばかりの書き方である点です。少なくとも日本においては、起業なるものにそんな素晴らしい幻想を抱いている人は滅多にいないと思うので、著者の攻撃的な姿勢には鼻白むばかりです。

また著者はしばしば統計的事実をむやみに一般化して全てのケースに適用しようとしています。

さらに最も大きな問題は、意図的に「ベンチャー起業家」と「自営業者」を混同し、ベンチャー起業家への期待を自営業者の低パフォーマンスという証拠で否定するというミスリーディングな論調です。この本で述べていることは「自営業者」に関することばかりであり、ベンチャー論はほとんどありません。


それでも、本書はいくつかの重大な示唆を与えてくれます。

まず一つは、転職を繰り返したりしたあげく、あてもないのに起業するのは極めて危険だということです。無能な人が無能であるがゆえに起業するというのは、(当たり前ですが)危険です。自分の貯金を投じて、低い収入に甘んじたあげく、倒産して最後に残るのは借金だけという結果に終わります。若いうちならともかく、年を取ってそういうことをするのは、まさに致命的かもしれません。

日本における常識人の認識としては、起業家とは無職の一類型であるというものですが、まあ、それは当たらずとも遠からずなのでしょう。

もう一つは、もし起業するなら「起業に適した産業を選ぶ」「チームで起業する」「株式会社を作る」「ビジネスプランを策定する」「資本を多く調達する」「頑張って事業を長く存続させる」「大学院を出てから起業する」などをすることで成功の確率を高めることができるということです。スタンフォード大学院を出て、シリコンバレーでベンチャーキャピタルから投資を受けてITスタートアップを立ち上げるほうが、どっかの田舎町で美容院や建設業を立ち上げるよりも良いということです。

また、この本を読むことを通じて、自営業者とベンチャー企業の違いを感じとることが出来ます。


私のように無能な起業家の一員としては、こうした本を読むのは本当に不愉快極まりない体験なのですが、これから起業しようとする人は読んでおいても良い一冊です。

たいして優れた本では無いので、起業と関係の無い人はわざわざ読む必要はないでしょう。


ところで、本書の著者は、零細起業家はろくでもない無職もどきなので補助金などを投じるべきではないと言っています。

その意見について、私は半分賛成でもあり、半分反対でもあります。

既に職がある人に補助金を与えて起業させる試みは危険であると思います。起業とは失敗することが大半なのですから、わざわざ有職者を道に迷わせる必要はありません。

しかし世の中には私を含め、既存の社会や会社には適応できず、自営業として何とか生き延びている零細・弱者が大勢居ます。そうした人の存在を無視するべきではないとも思います。

たとえばコンサルタントの栢野克己氏などは「弱者」「零細」「社長」「人生逆転」に特化したコンサルティング・講演などを専門にされています。

現実の多くの起業は泥臭いものなのですから、TechCrunchのような華やかなストーリーよりも、栢野克己、竹田陽一神田昌典などのような弱者向けの本こそが多くの人の役に立つのだと思います。

ま、補助金がそうした弱者救済の役に立つかどうかはさておき、社会には華やかな成功者だけでなく、底辺で泥水をすすって生きている大勢の人がいるのだ、ということを忘れないでもらいたいものです。

「起業という幻想」の著者が、そのような弱者たちの苦闘を小馬鹿にする姿勢でなければ、もっとずっと良い本が書けたと思うのですが・・・

2012年5月22日火曜日

ルポルタージュの魅力

日本には良いジャーナリズムが無いと嘆いていた最近の私ですが、書籍に目を向ければ、この数ヶ月の間に素晴らしいルポルタージュが沢山出版されていました。

「父・金正日と私 金正男独占告白」は、あの北朝鮮の金正男とインタビューすることに成功した日本人ジャーナリストによる著書です。空港で偶然出会って名刺を渡したことから始まるやりとりは、最初は警戒されつつも、徐々に本音を引き出すことに成功します。

150通のメールと、7時間のインタビューからなる本書では、金正男が良識有る常識的な人物であることを描き出すとともに、北朝鮮はもはや指導者層やその近くに居る人間であっても制御不能になってしまっていることを伺わせます。北朝鮮が改革・開放に舵を切る日はいつ訪れるのでしょうか?

韓国語が堪能な著者が、単身切り込んで世界的なスクープを獲得した迫力が本著の最大の魅力でしょう。「いま出版されると立場がまずい」という金正男氏を押し切って出版された本書は、ジャーナリズムの持つ非情な側面も伺わせます。本著が正男氏の立場を悪くしないことを切に願うばかりです。


「毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記」は、あの木嶋佳苗の裁判を、昔からネットで有名なフェミニストであった著者が傍聴したルポルタージュです。連載が話題になっていたそうで、実家の母もこの本の話をしていました。本屋で見かけたとき、何気なく立ち読みして、その迫力に思わず買ってしまいました。

著者は、この事件の背景を、おもに木嶋佳苗と被害者との関係性から描いていきます。フェミニストや女性の視点を交えながら、ときには揶揄するような軽い口調で、この奇怪な事件を解きほぐしていきます。この視点はとても成功しており、事件の全体像を男女関係という切り口からシンプルに説明することができています。

木嶋佳苗そのものは、単なる反社会性人格障害の連続殺人者であり、それほど興味のもてる対象とは思えませんでしたが、その周りにいる被害者たちとの不思議な関係性が少しもの悲しく、興味深いものでありました。


「ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて」は、「在日特権を許さない市民の会」という最近目立っている排外主義運動のグループに深く切り込んで書き上げた力作です。

ネット右翼や在特会については、私も憂慮して見ていましたが、これまで良い書籍などがなく実態をつかめないままでいました。本書は、在特会という実体に対しジャーナリストとして肉薄して取材を重ねることで、もやもやしたネット右翼というものの一片を見えるようにした点で大きな意義があります。

本書では、在特会の会員や、それを取り巻く人々と、多くのインタビューを重ね、在特会はなぜ生まれたのかを探ろうとします。

週刊誌上がりのフリージャーナリストである著者は、まさに我々が日本のジャーナリストというと想像するような人物です。やたら熱く、フットワーク軽く取材をして、対象との距離をどんどん縮めていきます。こうした従来型のジャーナリズムがまだまだ活躍しており、素晴らしい本を書いていることに、とても勇気づけられました。日本のジャーナリズムというのも捨てたもんじゃ無いな、と思います。

ネット右翼といった危険な差別思想を生み出すことになったインターネット業界も真摯に反省し、対策を打っていく必要があるのではないでしょうか。Winny裁判の壇俊光弁護士が言うように、発信者情報開示請求を行いやすくする法整備をするなどの法改正も必要でしょう。匿名で何を言っても責任を問われないネット社会というのは、言論のあるべき姿ではないと思います。

この三冊はどれも素晴らしい書籍なので、ぜひ一度、書店で手に取ってみることをお勧めします。

2011年12月30日金曜日

日経サイエンスより: がんワクチン新時代

日経サイエンス」という雑誌があるのをご存じでしょうか。

この雑誌は、米国のScientific Americanという一般向け科学雑誌の翻訳ですが、とても高い水準で編集されており、素晴らしい雑誌です。科学者や技術者だけでなく、知的読み物を楽しむ多くの人に愛されています。面白いところでは芥川賞作家にはこの雑誌を購読している人が二人もいるそうです。

今の時代、すべての知的職業人は科学的思考法を身につけるべきだと私は考えます。世の中に氾濫する情報から嘘を見抜き、有効性のある行動や思考をするためには、科学的思考法なくしては不可能です。この雑誌の記事は、原則的に科学的手法に基づいて書かれていますので、自然に科学的思考を身につけることができます。

この雑誌からは、科学的思考法だけでなく、知的な文章を書く方法、知的な議論をする方法を学ぶこともできます。日本語で読める定期刊行物としては、最も知的水準の高いものではないかと考えます。

全ての日本人は「日経サイエンス」を定期購読すべし! と私は強く推薦します。私は中学生の頃からこの雑誌をずっと読んでおり、知的発達に大いに役立ちました。自分のためにも、お子さんのためにも、この雑誌をぜひ購読しましょう。書店にも置いてありますので、まずは書店で一冊買ってみてください。少し難しい記事もあるかと思いますが、その骨太の知性こそが知的発達につながるのです!

さて、宣伝文句だけつらねていても説得力がありませんので、これから折に触れて当ブログ上で「日経サイエンス」の記事の紹介をしていこうと思います。

今日は2012年1月号より「がんワクチン新時代」という記事を紹介します。


癌の免疫療法というものは長らく研究が進められていましたが、これまでは残念ながらほとんどうまくいった例はありませんでした。癌の免疫療法というものは、人間の持つ免疫系を刺激して、それによって癌を攻撃するというアイデアですが、これまでの試験結果は落胆に終わるばかりで先行きが極めて危ぶまれていました。

それが2010年に米国でプロベンジという初の癌治療用ワクチンが承認されたことで変わってくる可能性が見えてきました。

ターニングポイントとなったのは、2002年の発見でした。患者の体内から癌細胞を取り出してそれをヘルパーT細胞に憶えさせて、そのT細胞を大量に培養して、体内に戻したところ、癌が大きく縮小したのです。それまではキラーT細胞のみを増殖させていましたが、その方法は失敗に終わっていました。この発見により、キラー細胞とヘルパーT細胞の両方を刺激すれば、癌を殺せるということが分かりました。

プロベンジも、患者の体内の免疫細胞を取り出して、それに癌細胞の断片を攻撃するよう教え込ませて、それから体内に戻すという手間のかかる方法をとっています。問題はその費用で、生存期間を4ヶ月延長するために750万円の費用がかかるのです。

他の製薬会社では、癌細胞に特徴的なタンパク質の断片(ペプチド)を作りだし、それを患者に投与する方法を模索しています。この方法であれば、多くの患者に共通のペプチドを使うことができるので、コストは大幅に安くなります。

この記事は、実際に癌ワクチンを開発している会社の社長が書いているので、臨場感があり、面白い記事でした。

日本版のみのコラムでは、大阪大学が開発しているWT1ペプチドワクチンが紹介されていました。これは多くの種類の癌に効く可能性があるワクチンで、既に国内で臨床試験に入っており、これまでのところ有望な結果が得られているそうです。

注: 誌面では「癌」ではなく「がん」という表記が使われていますが、本記事中ではPC上で読みやすくするため、癌という表現を使いました。医学的には「がん」という表記のほうが広く使われています。

2011年12月9日金曜日

海と物流の物語たち

今回は、海にまつわる物流の物語を書いた本を3冊ご紹介します。


コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった」は、現在のグローバル経済の礎となっているコンテナ海運の歴史について語った本になります。

コンテナ物流は、アメリカの一人の小さなトラック運送業者によってスタートされました。

それまでの物流というと、すべてバラで小さい荷物を船などの輸送手段に積み込んでいました。そのために船が港に着くたびに、数多くの港湾労働者が船にむらがり、一つ一つ手作業で荷物を運んでは積み替えていました。そのためにかかるコストと時間は膨大なもので、それが輸送を非効率的にしていました。また、そのさいに盗難や紛失、破損なども無数に発生していました。

コンテナが登場したことで、船の荷物の搭載や引き下ろしは巨大なクレーン(ガントリークレーン)によって一瞬で終わる時代になりました。コンテナは施錠されており、荷物が盗まれる危険性も減っています。港に着いた船は数日で出航してしまうので、船乗りも港で浮き名を流す暇すらない、というわけです。

いまやほとんどの荷物は、コンテナによって工場から目的地まで一気に輸送されます。超大型の船により、多数のコンテナを大型港から大型港へと安価に輸送できるようになりました。そのために物流のコストは大きく下がり、グローバル経済の時代をもたらしました。

コンテナという「単なる箱」の発明が世界を変えたのです。

この「単なる箱」が世界の物流を一変させるまでには、無数の抵抗勢力の抵抗にあいます。また発明者のビジネスも、自らがもたらした海運業界の熾烈な競争と価格低下の渦に巻き込まれてしまいます。

この本は、ちょっと中だるみする箇所もありますが、全般として分かりやすく良く書かれており、一流の経済史の本ということができます。とても読みやすく、グローバル物流の成り立ちについて知ることができますので、起業家やビジネスマンにはお勧めの一冊です。


築地」はアメリカ人の人類学者が築地市場でフィールドワークを行って書いた人類学の書籍です。

若い頃、日本に留学していた彼が、近所の鮨屋のなじみになり、築地市場での仕入れに同行させてもらう、引き込まれるような魅力的な導入部から話がスタートします。

この本では、市場の歴史や人物模様や情景などが、躍動感たっぷりに、これでもか、と言わんばかりに細かく描写されています。

はっきりいって分厚くて、読みにくい箇所も多々あるので、読書マニア以外にはお勧めできませんが、読書マニアにとっては秋の夜長にぴったりの一冊です(もう冬だけど)。築地市場の運営がどのように行われているかなど、知らなくても人生に全く影響ないようなどうでもいい雑学に詳しくなることができます。

とりあえず書店で手に取ってみて、導入部だけでも読んでみると、ついつい全部読みたくなってしまうかもしれませんよ。


スシエコノミー」はアメリカ人のジャーナリストが、寿司がいかに世界に普及して、魚介類の生産・物流・消費のスタイルを如何に変えてきたかを描いた本です。

日本での握り鮨の歴史から、テキサス州オースティンで鮨屋を経営する白人男性の板前の話、初めてカナダからマグロを日本へ空輸したビジネスマンの話まで、魅了されるような物語が詰まっています。

テキサス州でちゃんとした鮨屋を経営するためには、良い魚は全て築地から空輸で仕入れなければならないのだそうです。航空便で品物が届いてみるまでどんな質かわからない、そんなリスクを抱えながらも、良い鮨を出そうと奮闘しています。

この本は前二冊とは打って変わってジャーナリストが書いたポップな本ですので、ちょっと気分転換にでも気軽に読むことができる一冊です。なかなか良い本です。

2011年11月19日土曜日

経営の教科書の決定版: 60分間・企業ダントツ化プロジェクト

もし、あなたが経営書を一冊だけ読むのであれば、この60分間・企業ダントツ化プロジェクトをお勧めします。経営の本質が過不足なくきっちりまとまった教科書と言って良いでしょう。

著者の神田昌典さんは、これまでに数多くのベストセラーを著してきた有名なダイレクトマーケターです。その経営ノウハウを惜しみなくつぎ込んだのが、この本だと言えます。

世の中に、読んで面白い経営書はいくらでもあります。何らかの意味で参考になる経営書もそこそこあるでしょう。しかし一冊だけ本を読んで全容を把握できるような本は、これまでに無かったのだ、と思わされました。

本書では、戦略とは何か、商品戦略、顧客戦略、競合戦略、価格戦略、営業戦略、コミュニケーション戦略などの本質を一気に学ぶことができます。

この本には、偏った考え方や、一部の企業や事業にしか適用できない点がなく、全ての事業にたいして適用できる極めて正統的な本質が書かれているので、誰にでも安心して薦めることが出来ます。

またベストセラー著者の神田昌典さんが書いているので、文章も大変読みやすく、誰でも苦労なく読み通すことができるでしょう。

初心者から上級者まで、全ての経営者にお勧めです。とくに初心者やこれから起業する人は必ず読むべきでしょう。


以下は復習用の要約です。読み終わって復習したい方はどうぞ。

第一章: 戦略は足し算ではなく、掛け算からうまれる。

- 戦略が間違っていれば忙しくて儲からない会社になる。
- 戦略のある会社は楽して儲かる。
- 戦略とは選択すること。そして優先順位をつけること。
- 60分で戦略をつくれない経営者は10年経っても戦略をつくれない
- 戦略はかけ算であるので、一つでも0点の要素があれば全体が0点になる

第二章: 商品(1) ライフサイクル分析

- いまの日本で松下幸之助がエアコンを売って億万長者になれるか?
- 商品にはライフサイクルがある。導入期、成長期、成熟期の3つ。
- 成長期にさしかかった商品が一番売れるし、儲かる。
- 導入期は冬の時期であり、売れないし、失敗の確率も高い。
- 最近は商品ライフサイクルが短いので、導入期に参入する必要もあるが難しい。
- 商品ライフサイクルの計算をして、事業の寿命を予測する。

第三章: 商品(2) さらに3つの分析法

- 黙っていても売れる「上りのエスカレーター」に乗れる商品を選ぶ。
- その商品を待っている顧客がどのぐらいいるか?
- 商品コンセプトが顧客に伝わるか?
- その商品を入り口に、その後、広がりを持つか?
- 分析1: ニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)はどれくらいか?
- 分析2: 直感的に理解できるか? 使いこなせる自信があるか?
- 分析3: 水平展開しやすい? 垂直展開しやすい?
- 「使ってみれば分かる」商品は、下りのエスカレーター
- 効果的なネーミングをする

第四章: 顧客 - 理想の顧客に出会う方

- 顧客を選ぶ会社は、顧客に選ばれる。
- 顧客を選ばない会社は、顧客にも選ばれない。
- 説得しないで買ってくれる理想の顧客は誰か?
- 理想の顧客を獲得するコストを下げるにはどうしたらいいか?
- 顧客を連れてくる、影響力のある顧客は誰か?
- 分析4: どういう顧客がどれだけのニーズとウォンツを持つか?
- 分析5: 見込み客特定の難易度は? 価格に対する営業コストは?

第五章: 競合 - 愚者は俺ならできると考える。賢者は愚者でもできることをやる。

- 最強の競合戦略とは、戦わないことである。
- のんびりしながら儲かってる市場を探す。電話帳の厚いところを見る。
- 分析6: 市場の成熟度、商品スイッチの難易度
- 分析7: 顧客から見て競合より魅力的な商品か? 優位性を簡潔に伝えられるか?
- 優位性を簡潔に表わす表現(USP)を作る。
- 分析8: 顧客から見て、価格の明朗性は? 価格の妥当性は?
- 分析9: 参入障壁は高いか? 撤退コストは高いか?
- 事業を始めるときには、撤退するときのことを考える。

第六章: 収益シミュレーション

- 顧客獲得コストとは、日本の1億3000万人の中から見込み客を探して買わせるコストである。
- 顧客獲得コストはいくらなのか、顧客の生涯価値はいくらなのか。
- 顧客から短期間に得られるキャッシュと、顧客獲得コストを比べてみる。
- 頻繁なリピート購買が期待できる商品なら、粗利率は7~8割以上なければならない。
- 頻繁なリピート購買が期待されない商品なら、初回購入の粗利額は10万円以上なければならない。
- 分析10: 購買リピート性と粗利率・粗利額は?
- セールスに使いやすい媒体と特徴 (本書 pp.231-235)
- ライフサイクル季節別にメッセージ伝達方法を変える

第七章: タイミング - 害虫になるか、それとも天使になるか?

- 営業マンは声をかけるタイミングによって害虫扱いされたりも天使扱いされたりする。
- 顧客獲得コストが下がるタイミングというのがある。そのときに一挙獲得する。
- 分析11: 購買タイミングは把握しやすいか? 購買頻度は高いか?
- 理想の世界と現状を埋めることが戦略発想の根源。理想の世界を想像してみる
- 分析12: 顧客はその商品のことを日常的に考えているか? 差し迫った必要性はあるか?

第八章: メッセージ - 購買欲求をシステマチックに高める方法

- 顧客の購買欲求と必要性をシステマチックに引き上げる。
- 顧客が怒り・悩み・不安を感じる場面を、五感をを使って描写する。
- 分析13: 問題を視覚化しているか? 問題を焦点化しているか?
- 分析14: 行動に対する障害・不安は大きいか? 自己正当化は容易か?
- 行動するメリットだけではなく、行動しないデメリットを感じさせる
- 現状の危険性を認識させること。
- この方法を適用すると、インチキ商品ですら売れるので危険もある。

最終章: 統合 - ヒラメキは、集中した思考の後に降ってくる

2011年11月18日金曜日

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?は、自己啓発本的なビジネス書です。私の仕事のパートナーの書棚で見つけて手にとって以来、何度か再読しました。とても読みやすくて、示唆に満ちている素晴らしい本だと思います。

仕事や事業を進めていく上では「試すこと」が必要不可欠である、ということがこの本のメッセージですが、そのことを色々な視点とストーリーから分かりやすく語ってくれます。

会話仕立てのこの本は、とても温かい雰囲気に包まれており、仕事や事業に行き詰まりを感じている人にぴったりの本ではないでしょうか。

あまり詳しく書いてしまうと興ざめですので、説明はこのくらいにとどめておきます。ちょっと疲れた日に気持ちよく読める小品として、ビジネスに携わる全ての人におすすめの一冊です。

この本を読んで人生が変わったという人も少なくないという、そんな一冊でもあります。


すでに読み終えた方には、こちらのブログの書評が復習にぴったりかと思います。

2011年7月11日月曜日

マクロ経済学 - ポール・クルーグマン

私は、なにかの学習をするときは、基本的にアメリカ人の書いた大きな教科書を使って学ぶことにしています。アメリカの学者は、教科書を書くことに大変な重きを置いていて、とにかく詳細で分かりやすい教科書を苦心して書こうとするので、日本の教科書とは比べものになりません。

本書は、ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンが書いたマクロ経済学の教科書です。ポール・クルーグマンは、ニューヨークタイムズのコラムニストとしても有名で、文筆の才能にも恵まれています。そのため、この教科書も極めて分かりやすく、経済学の素人が読んでも理解することができるでしょう。

マクロ経済学という学問は、普通の人が生きていく生活上ではあまり関係のない学問です。なぜなら、この学問は、国の経済など、大きな規模の経済の動きについて学ぶものだからです。ミクロ経済学は、経営者やビジネスマンにも関係があることを学びますが、マクロ経済学はそのような意味で役に立つことはないでしょう。

では、私はなぜマクロ経済学を学んだのでしょうか?

それは、一人の有権者として、国政に票を投じ、国政を論ずるためには、最低限のマクロ経済学の知識がなくてはならないからです。

世の中には、わかったような顔をして、国政についてああでもないこうでもないと論じる人々が多くいます。しかし、その多くは、経済学を少しでも学んだ人間からすれば笑止千万の幼稚園レベルの議論なのです。そうした轍を踏まないために、本書を読みました。もちろん本書のような学部レベルの知識だけで、国政を論じるには足りませんが、少なくとも大きな誤りには気づくことができます。

私は、マクロ経済学というと、IS-LMモデルなど複雑怪奇な抽象論や数式が多数でてくる印象を持っていました。しかし、本書には数式は殆ど出てきませんし、IS-LMモデルのような複雑な話も少しも登場しません。あくまで一般常識、一般教養レベルで、簡単に読みこなせる内容です。

もし国政について少しでも興味があるのなら、ぜひマクロ経済学を学んでみませんか? なるべく毎日読めば1~2ヶ月もあれば読み終えることができると思います。



ミクロ経済学もあわせてどうぞ。

2011年5月17日火曜日

ダイレクト・マーケティングの実際

世の中にマーケティングの本は数多くありますが、私がこれまで読んだ数十冊のなかで感動した本は一冊だけです。それが本書「ダイレクト・マーケティングの実際 (日経文庫)」です。

本書は1987年に書かれた本で、内容には古びた点が数多くありますが、それでもベストの本であると自信をもって言うことができます。

なにが良いかというと、本書ではダイレクト・レスポンス・マーケティングという一分野に絞って、実際に実践できるだけの具体的な知識を数多く書いていることです。他書は概要レベルに止まるのに対して、本書はコンパクトなのにもかかわらず実用レベルと言えます。

著者のルディー和子さんは、エスティ・ローダーのマーケティングマネジャー、タイム社のダイレクトマーケティング本部長などを務めたバリバリの実践派の方です。それが本場アメリカのダイレクトマーケティングの実践知識を本書に詰め込んだのだから、非常に有意義です。日本では未だにこのレベルの実践ができている会社は少ないのではないでしょうか。

ダイレクト・マーケティングが通常のマーケティングと異なるのは、直接に反応を得ることができるということです。広告や販促の効果を計測し、データに基づいた販売ができるということです。この概念は、インターネット時代になり、重要性がさらに高まっています。

実験と統計学に基づいた科学的な経営は、これからさらに重要になってくるでしょう。本書には統計表なども載っていますので、統計学の知識がなくても経営に統計を活かすことができます。

皆さんがダイレクト・マーケティングを行っていないとしても、全ての経営者とマーケターにとって必読の一冊であると言えます。本書から科学的経営、科学的マーケティングのエッセンスを学ぶことができるでしょう。

経営書の多くは概念的な本であり、実際の経営にすぐ役立てられない本ばかりです。逆に、通俗経営本のたぐいは、断片的な知識だけであり、大局観をもった科学的な経営の役には立ちません。

本書のような素晴らしい経営書がもっと出てくることを望むばかりです。

とっくの昔に絶版ですが、amazonマーケットプレースで安く購入可能ですので、至急いますぐ購入を!

2011年5月16日月曜日

福翁自伝

福翁自伝福澤諭吉の自伝です。

たまたまジュンク堂で旅行用に携帯しやすい文庫本を探しているときに見つけました。とりたてて福澤諭吉に興味があるわけではないのですが、私は歴史が好きですし、口語体で現代かな遣いで印刷も新しく読みやすそうなので、これを買いました。

私は福澤諭吉に特段興味が無かったのですが、本書を読んですっかりファンになりました。本書は福澤諭吉が口語体で書いた唯一の長篇と言われており、非常にユーモアに富んだ語り口で、現代人にとっても極めて読みやすいものです。ユーモアと、その自由な精神が非常に魅力的です。

福澤諭吉を一言で表すとしたら「独立自尊」でしょう。

幕末から明治期という、政府について大きな仕事をしよう、会社をつくってボロ儲けしようという人々が大勢いるなかで、福澤諭吉はひたすら自分を信じて学問に励み、そして政府の誘いを断って民営の学校として慶應義塾を運営していきます。

お金にはあまり興味はないようですが、慶應義塾の分校をどんどん作り拡大していったり、既存の出版社があまり役に立たないと見るや、自分で出版社を作って自著の印刷製本を行ったり、新聞社を設立したり、事業意欲には満ちあふれています。

暗殺の恐怖におびえて隠れて過ごしたり、さっさと武士をやめてしまったり、福澤諭吉は、我々がいま想像する武士や侍のありかたとは大きく異なっています。政治闘争に奔走する志士とは全く違うやり方で大きな成功を収めた点が興味深いものです。

とにかく組織に属することを嫌い、独立と自由を愛した福澤諭吉の生き方は、いまの日本人にとって最も必要なロールモデルだと考えます。このような人々が多くいれば、日本も確実に良くなるでしょう。

次は「学問のすすめ」も読んでみようと思います。こちらは文語体なので、少し読みにくそうですが....

2011年5月14日土曜日

週四時間だけ働く

連休中は海外旅行に行っていました。そこで読んだ二冊の本が、福翁自伝と、「週4時間」だけ働くです。この二冊はたまたま意外と似通った主張を持った本であったことが面白い点です。どちらも「独立」がテーマである点で共通しているのです。

本稿では、まず「週四時間だけ働く」をご紹介します。


「週四時間だけ働く」は翻訳された当時は結構な話題となったようです。いかにして自分の働く時間を減らしていくかという本です。そのためにアウトソースを活用したり、雑用などを減らしたりしていくことが載っています。

私は、現在推進中のメイシーという事業では、小林というパートナーと一緒に仕事をしています。が、新規事業をやるにあたり、小林が既存事業の運営で手一杯のため、次は久しぶりに自分一人で推進することになりました。

一人で事業を推進するためには、とにかく雑用や人との面会などを極限まで減らす必要があります。もし雑用をしていたら、事業戦略や研究開発に十分集中できなくなって、私の強みを活かすことができません。

そのために本書を読んで、週四時間の考え方や実践法を学ぶことにしました。本書は、自己啓発本的な要素と、事業の構築法、事業の自動化方法などの実践的な要素が、半々くらいの割合で混ざっています。いかにもADHDの人が書いたような飛び飛びの本で、すこしごちゃごちゃしてるのですが、読みにくい本ではありません。

本書の主張は、以下のようなものです。

1.とにかく雑用や不要なタスクを減らせ、断れ。そして自由を勝ち取って旅行しまくれ!
2.自分の事業や副業を立ち上げて、それをITやアウトソースを活用して完全自動化しろ! そうすれば一切働かなくても金が入ってくる。

いかにも怪しい主張です。普通の人がこれを読んで真似をしてもうまくいくかどうか定かではありません。しかし事業家にとっては非常に役立つ考え方が多いと思います。しばしば雑用に埋もれてしまい、本来、社長がやるべき重要な仕事ができてない人が多いですから。

本書の著者の事業では、秘書、サポートセンター、物流(フルフィルメント)などを全てアウトソースすることで、自分はマーケティングだけに注力すれば良いという仕組みになっています。アメリカはアウトソース先進国なので、容易にここまでのことができるようですが、日本でもこうした仕事のアウトソース先は色々あるだろうと思います。

ITの世界で普及してきたelanceodeskのようなクラウドソーシングも紹介されています。

とくに面白いと思ったのは、秘書をインドにアウトソースする方法です。個人的な秘書から、ビジネス上の秘書まで、オンラインで完結する仕事はすべてインドにアウトソースできるとのことです。これは英語圏ならではの強みですね。

マーケティングについては、ダイレクトレスポンスマーケティングの初歩が説明されています。ダイレクトマーケティングについては、稿を改めて良い本を紹介したいと思います。

こうした工夫を活かすことで、著者の事業では一人も従業員を雇うことなく成功を収めています。

経営者には一読の価値のある本です。経営者でない人も、独立心を養うために読んでみても良いかもしれません。

2010年12月18日土曜日

ライフサイクルイノベーション

「キャズム」の著者、ジェフリー・ムーアの「ライフサイクルイノベーション」を読みました。いろいろと重要な示唆があるのですが、書籍としてはどうも読みにくく退屈な本でした。ウェブで検索すれば要約をまとめている方々がいますので、そういうのを読めば良いかもしれません。経営者としては読むべき本だとは思うんですが・・・・

本書の主旨は、事業や事業領域にはライフサイクルがあり、そのライフサイクルに適した各種のイノベーションを行うことと、成熟した事業領域から資源を引き抜き、本質的かつ成長する「コア」に資源を集中投入する、ということです。

本書ででてくるいくつかのテーマを以下にまとめます。
  • イノベーションは、市場の成熟度合いによって、いろいろなパターンがある。
  • 成長が期待でき、かつ、他社と差別化して競合優位を得るための本質的な部分である「コア」と、自社として特化していない部分、または成長への期待がもてない「コンテキスト」にわけて、コアに資源を集中する。
  • 事業の領域には、重要かつ実行の難しい「ミッション・クリティカル」領域と、実行の容易な「非ミッション・クリティカル」領域がある。コンテキスト領域は、なるべく単純化して非ミッションクリティカルに持ち込む。
  • イノベーションとは集中特化であり、数多くの方向の揃っていないイノベーションを行うと、中立化して意味が無くなってしまう。
  • 事業スタイルには、反復プロセスを重視して比較的低コストで大量販売を行う「ボリューム・オペレーション」と、個別の顧客に密接した営業を行い個別のプロセスで複雑かつ高額の販売を行う「コンプレックス・システム」型がある。この二つのスタイルは、主流となる型が交互に入れ替わっていく。
以下に本書にでてくるイノベーションの分類をまとめます。

初期市場・成長市場における製品リーダーシップイノベーション:
  • 破壊的イノベーション: 新規製品による新規市場創造
  • アプリケーション・イノベーション: 既存技術の新しい分野への応用による市場創造
  • 製品イノベーション: 既存市場に前例がない機能を投入して差別化
  • プラットフォーム・イノベーション: 下位にある既存テクノロジーの複雑さを隠蔽する
成熟市場における顧客インティマシーイノベーション:
  • 製品ライン拡張イノベーション: 既存製品を一部変更してサブカテゴリーを作る
  • 機能強化イノベーション: 既存製品に斬新な機能を追加して価値を増やす
  • マーケティング・イノベーション: 購買プロセスでの潜在的顧客とのやりとりで差別化する
  • 顧客エクスペリエンス・イノベーション: 製品そのものではなく、利用プロセス全体の体験を向上する
成熟市場におけるオペレーショナル・エクセレンスイノベーション:
  • バリュー・エンジニアリング・イノベーション: 製品の外部属性は保ったまま、仕様や設計や調達を変えてコストを下げる
  • インテグレーション・イノベーション: 多様な構成要素を一つにまとめて、顧客の維持管理コストを下げる
  • プロセス・イノベーション: 製品ではなく、その製造・提供プロセスからムダを省く
  • バリュー・マイグレーション・イノベーション: バリューチェーン内のコモディティ化した要素から離れて、より利益率が高い領域へシフトする
衰退市場におけるカテゴリー再生イノベーション:
  • 自立再生イノベーション: 自社内の資源を使って新規成長市場に乗り出す
  • 企業買収再生イノベーション: 外部企業を買収して新規成長市場に乗り出す
  • 収穫と撤退

2010年10月26日火曜日

ストーリーとしての競争戦略 - 楠木建

一橋大学の教授による競争戦略の本です。

「ストーリーとしての競争戦略」というと、物語のようなもので競争戦略を語るのかと思ってしまいますが、そうではありません。戦略を、時間軸上に展開されるビジネス上の打ち手、すなわち決定や目標(構成要素)と、それらをつなぐ因果関係の線で、一つのグラフとして捉えるということです。そのグラフを本書では「ストーリー」と呼んでいます。

私はこれまで競争戦略の本をあまり読んでいませんので、本書が初めて読む本格的な競争戦略論の書籍ということになります。

本書は、著者独特の考え方の紹介に止まるものではなく、競争戦略の全体像を広い視点で分かりやすく描いています。競争戦略の初学者にとっては、うってつけの本と言えるでしょう。本書の説明と論理は非常に明確であり、本書を読み終えてから、私が企業戦略を考えるときの視野が一気にクリアになった観すらあります。

弊社でも全員でこれを読んで「戦略とは何か」ということについて共通の視点と語彙を持てるようにする予定です。

私にとって一つの嬉しい驚きは、これを書いたのが日本人であるということです。日本人には、分厚くて、網羅的で、事例が豊富で、分かりやすく、面白く、論理的で、学習的であるような教科書的な本を書くことは出来ないと思い込んでいたので、本書には驚かされました。

また、このような骨太の本がベストセラーとなって話題になっているのも、とても嬉しいことです。日本には優秀な方がまだまだ大勢いるのでしょうね。

以下、しばし本書の内容を紹介します。

本書の骨子は、ビジネス上の打ち手と、それをつなぐ因果関係を組み立てて、全体の相互作用として他社が真似の出来ない優位性を手に入れ、長期的な利益を確保するということです。

打ち手は、差別化要因(SP)と、組織能力要因(OC)に分かれており、即効性のあるSPと、徐々に蓄積していくOCの組み合わせによって、強力なストーリーを組み立てるというものです。

ストーリーは、個々の打ち手が一つのコンセプトのもとに、一貫性を持ってつながり、それによって競争優位を確立します。そして、そこには他社が真似出来ないクリティカル・コア(奇手、妙手)があり、模倣を防ぐということです。

一貫性とは、すなわち各打ち手の間が、明確に実証された因果関係でつながり、さらに一本ではなく複数の線でつながっているということです。ゴール(競争優位)に向かって、複数の点と線が絡み合いながら突き進んでいくということです。

本書の視点は、経営全体を捉えており、そして論理的ですので、この枠組みは経営を理解する上で、確実に視界をクリアにします。また細かい部分まで作り込まれており、実務と照らし合わせて理解することが容易です。

ただし完全に新規起業する会社や新規事業にとって、創業当初から徹底した競争戦略の打ち手を考えるというのは難しいでしょう。実際には試行錯誤しながら試せる打ち手を全て試していくというものが最初のフェーズになります。それから顧客が見つかり、組織として回るようになってから、本書にあるような競争戦略の出番となると思われます。

試行錯誤しながら打ち手を決める方法については、「アントレプレナーの教科書」のような書籍が参考になると思われます。

もし当初から完全にシナリオを決めうちに描いて突撃すると、本書にあるウェブバンの事例のような破滅的展開が待ち受けてるかもしれません。そのシナリオは、想像に基づくもので、因果関係の確かさが不明確すぎるからです。

経営戦略に興味のある方であれば、皆さん読まれることをおすすめします。

2010年10月23日土曜日

プロフェッショナル・サービス・ファーム

日本のソフトウェアビジネスの95%を占める受託開発産業についての理解が深まるのではないかと思い、本書を読んでみました。

本書は米国におけるコンサルティング、法律事務所、会計事務所、投資銀行などの専門的サービスを提供する組織の経営について書かれた本です。そうした「ファーム」といわれる組織のパートナー(経営者)に向けた書籍です。

おもに米国におけるパートナー経営の「ファーム」について書かれています。日本では同種の組織は、数量や歴史も数少なく、とくにIT業界においては皆無に近いので、あまり参考にならない部分も多いかと思われます。

「専門的サービスとは何か」というような基礎的な事項よりも、高度なレベルの経営論が中心ですので、本書を役立てられるのは、既に大所帯の「ファーム」を確立している一部の組織だけではないかと思いました。

充実した内容の書籍ですが、私にとっては無用の本でした。ただし、クライアントとの関係確立や営業論などを書いた部分は有用でしたが。



目次:

  1. 基本的問題
  2. クライアントの問題
  3. 人材の問題
  4. 経営管理の問題
  5. パートナーシップの問題
  6. 分散と集中の問題
  7. 総括

大空襲と原爆は本当に必要だったのか

刺激的な邦題の本です。原題も刺激的で"Among the Dead Cities - Was the Allied Bombing of Civilians in WWII a Necessity or a Crime?"というタイトルです。

英国人の哲学者である著者が、おもに第二次大戦における英国によるドイツ都市への無差別爆撃をテーマに、連合国によるドイツや日本の都市への無差別爆撃は、不可避のことであったのか、道義的犯罪であったのかを緻密に分析した書籍です。

本書では、イギリス空軍の戦略、爆撃を体験した人の話、爆撃に反対した人々、爆撃に賛成した人々など様々な視点から、無差別爆撃の犯罪性を明らかにしていきます。

著者は、連合国による無差別爆撃も明らかに人道的犯罪であったと明らかにし、今後も同じようなことが起こることを避けるべきであると断じます。アメリカ空軍は市民への攻撃を禁止したジュネーブ条約第一追加議定書に署名しておらず、依然として無差別爆撃を攻撃オプションとして保持しているとしています。

真珠湾攻撃を「軍事拠点への攻撃に過ぎない」と断じ、9/11のテロと原爆投下を同列に論じる本書がアメリカやイギリスで主流として受け入れられるとは思いませんが、刺激的であり、読む価値のある本であると言えます。

もちろん著者にはナチスドイツの侵略やホロコースト、大日本帝国の侵略や捕虜虐待などを連合国の罪と相殺して軽くしようという意図は少しもありません。そうではなく、勝者の行為であれ、敗者の行為であれ、人道に対する罪は厳しく断罪されるべきであるとの立場です。



目次

  1. 空襲=無差別攻撃は犯罪だったのか 
  2. 爆撃戦 
  3. 空襲された人びとの体験 
  4. 空襲した側の考え方 
  5. 良心の声 
  6. 無差別爆撃への反対論 
  7. 無差別爆撃への擁護論 
  8. 結論


2010年9月12日日曜日

ソフトウェアに値段を付けるためのヒント

このNeil DavidsonによるDon't Just Roll The Dice, A usefully short guide to software pricingという小冊子(本文73ページ)は、Redgate Softwareの創設者兼CEOであるNeil Davidsonが書いたソフトウェアの価格付けに関する本である。有り難いことにPDFで無料で配布されている。私が、彼の主催するBusiness of Softwareカンファレンスに参加したので、印刷された本をもらった。

ソフトウェアの価格付けに関する実践的なハンドブックである。他に類書があるとは思えないので、ソフトウェアビジネスに携わる人にとって極めて重要な本であると言える。

平易な英語で書かれているし、分量も少ないので、読むのは比較的に容易である。

もし、この本が気に入った人は、「ネットワーク経済の法則」などを読んでみても面白いと思う。また本書にも巻末に参考文献が掲載されている。

以下に読書メモを掲載する。



  • 第一章: 少しばかりの経済学
    • 製品の価格を増やせば需要が減る。製品の価格を減らせば需要が増える。
    • どこかに売上または利益が最大になるポイントがある。
  • 第二章: 価格の心理学 - あなたの製品はいくらの価値?
    • 製品とは何か?
      • ソフトウェアそれ自体に限らず、安心感、近親感 (友達が既に使っているなど)、サポートなどの価値を含む。
    • 感覚的価値
      • 感覚的価値は実際的価値よりも高くなり得る。ガートナーの調査によれば、導入されたCRM製品の半数は全く利用されていない。大企業の優秀な人間が、多額の価値があると判断して投資した製品に、実際は何の価値もなかった。
      • 感覚的価値は実際的価値よりも低くもなり得る。導入すれば明らかに時間を節約するソフトウェアでもそこまで価値がないと思われることもある。
      • どうやって価値があると認識してもらうか、それがマーケティングの一つの重要な役割である。
    • 人々はどのように感覚的を決めるか
      • 人は他の製品との比較によって「参考価格」を持っている。
      • あなたの製品が競合よりも明白に優れていれば高い価格を付けることができるし、その反対もしかり。
    • 感覚的価値を増やすには
      • 実際的価値を増やす。 - たとえばJoel Spolskyによれば、「製品の新しいバージョンをリリースして有用な機能を増やすことが、唯一の確実にユーザを増やす方法だった。」
      • 製品に個性をつける。 - 37signalsの製品は「妥協のないシンプルさ」を特徴としている。
      • プロダクトを開発者と関連づける。 - 以前、Nortonアンチウイルスなどの製品には、開発者のPeter Nortonの写真が大きく掲載されていた。
      • 製品を愛してもらう - 高級ドリルのDeWALT社は、工事現場へ行ってサンドイッチをごちそうして宣伝を行ったり、自動車レースなど対象顧客が集まるイベントで宣伝をしたり、製品だけでなくブランドを愛してもらうよう心がけた。
      • 良いサービスを提供する - 大きい会社が苦手で、小さい会社が得意なこと
      • 安心感を与える - 評判を高めること。「IBM製品を買ってクビになった人はいない」というような価値観にどう対抗するか。
      • ファン集団を作る - 製品を買うことがカッコいい集団への帰属シンボルになるようにする。
      • 製品にどれだけ費用や労力を投じたのかを伝える - 顧客は容易に作れる製品よりも、苦労して作った製品に価値を感じる。Bill Gatesは有名な「ホビイストへの手紙」で、自社のBASIC製品にどれだけ労力を使ったのかを訴えた。
      • 顧客の公平感に訴える - フェアトレードコーヒーを売るカフェは、顧客の意識に訴えて10円高い値段を正当化している。しかし本当にコーヒー生産者に渡るのは1円未満に過ぎない。
      • 物理的な製品以上のものを売る - BMWは「車ではなく、喜びを作っています」と訴えた。
    • すなわち、差別化せよ
    • 『標識』
      • もし、ある製品Aに比較対象がなければ、顧客は代わりの物を使って比較しようとする。すなわち同じ会社の製品Bの価格を他社と比較してみる。
      • スーパーマーケットでは、顧客は、普段買っているダイエットコークの価格が安ければ、普段買わない高級アイスクリームの価格も安いと判断する。
      • 競合が多く、比較されやすい製品は安い値段を付け、競合が少ない製品を高く根付けするべきである。
  • 第三章: 価格の落とし穴
    • 競合 - 競合に価格で殴り込みをかけると、報復されて価格戦争になる。航空会社ではそれで潰れたケースが多くある。あまり高い価格を付けていると、低い価格で殴り込まれる恐れがある。マイクロソフトは競合が高価格で開拓した市場に、低価格で殴り込むのが得意。
    • 公平さ
    • 海賊版
    • スイッチングコスト - 顧客が製品を乗り換えるとき必要なのは製品価格だけでなく、乗り換えに必要な習熟期間やデータ移行などのコストを払うことになる。また人間は不合理にも、すでに支払ってしまった古い製品価格までも乗り換え費用として計算する傾向がある。
    • 費用を考慮して価格を決めるべきか?
      • 企業は基本的には、製品の一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)を割る価格で、製品を販売することはできない。
      • ソフトウェア自体の複製費用は0円でも、営業販売やサポートにも費用がかかる。安く提供しようとすると、流通チャネルや広告に十分な費用がかけられなくなって売上がさがることもある。
      • 無料提供であってもサーバ運営費用や回線費用などが生じる。どんなに少額であっても多数のユーザに提供すれば、それなりの額になる。Youtubeには、毎年710億円の費用がかかっている。
      • 顧客にとっては会社がどれだけの費用を負担したかは関係ない。パナソニックのゲーム機「3DO」は優れた性能があったが6万円という価格のために全く売れなかった。PS3やXBOXでは、その教訓をベースにして、本体価格は原価割れの価格として、ソフトウェアの売上で取り戻すことにした。
      • ちなみに製品一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)には、開発費用などの当初に一度だけかかる費用は含まれない。区別して考えること。
  • 第四章: 高度な価格付け
    • バージョン化
      • 複数バージョンを用意することで、高額を払う気があるユーザからは高額を取り、少額しか払う気のないユーザには安くして逃さないようにする。
      • ソフトウェアであれば、機能や販売地域や業種などによってバージョンを作ることができる。
      • ファストフード店では、飲み物の価格に大中小とつけることで、利益最大化を図っている。多くの顧客は、大や小よりも中を選ぶ傾向がある。
      • ただし、製品のバージョン間の価値の差がわかりにくいと、ユーザは迷ったあげく一番安いものや高いものを選ぶ傾向がある。もっと悪い場合には、理解できなくて買うのを遅らせたり、競合製品を買ったりする。
    • バンドリング - 複数のソフトをまとめて1パックにすることで、要らないソフトも売りつける。でも買っても使わないソフトがあれば、ユーザはがっくりする。
    • 複数ユーザ割引 - 大企業ほど支払い能力があるし、いくつかのライセンスを買った人はもっと多く払う可能性も高いだろうから、複数ユーザ割引はおかしい気もするが、大企業だって割引は好きだし、大企業ほど購買ポリシーが厳しいこともあるので、どうしたらいいだろうか。
    • サイトライセンス
    • 購買プロセス - 企業では、ある価格を超えると稟議が段階的に面倒になっていくので、その価格を把握して、そこを超えないような価格を付けるべし。逆に言うと、そこを超えるまでは範囲内で多少値上げしても問題ない。
    • 無料
      • 一部の人はソフトウェアの価格はゼロになることが避けられないと論じている。経済学では、効率的市場では物の価格は限界費用と同じになると言う。すなわち情報の限界費用は0円であるから、情報の価格はゼロになるというのだ。
      • しかし、それは間違っている。ソフトウェアにはサポートやドキュメントや販売などの費用がかかっているし、ソフトウェアはコモディティではない。あなたの製品は、他のソフトウェアと全く同じソフトウェアではないはずだ。
      • また、スターバックスがコーヒーを非コモディティ化でき、ペリエが水を非コモディティ化できるなら、ソフトウェアが非コモディティ化できないはずはない。
    • 無料お試し
      • 無料お試しには大きな価値がある。実際に製品を試用した人は、その製品の価値を高く評価する傾向がある。製品を試用してない人も、製品が試用可能であることにより、製品がしっかりした物だと感じる。
      • ただし製品の性質によっては無料お試しができない場合もある。データベース復旧ソフトウェアのように一度きりしか使わない製品は試用できない。また訪問営業が必要な製品などは試用の効果が薄い。
      • フリーミアムモデルは、基本バージョンを無料にして、一部の機能を有料にするというモデルだ。これは大変な流行になっているが、慎重に考えるべきだ。無料製品が有料製品の需要を喰ってしまうこともある。無料で製品を提供することには、予想よりも費用がかかる。有料版を売るのに多数の無料ユーザーが必要となるならば、膨大な費用負担となる。
    • ネットワーク効果 - ただしネットワーク効果(ユーザ数が増えるほど製品の価値があがる効果)がある場合だけは無料モデルが非常に有効である。
    • バーゲン
    • 異なる価格モデル
      • 一括支払い課金
      • 月額課金: ユーザは一括で支払うよりも安く感じる。また一括で支払うよりも、継続的に利用していこうと考える。
      • ユーザ数課金
      • プロセッサ数やサーバ数課金: どんどんCPUの性能があがるので、同じことをするための価格がどんどん下がってしまう問題がある。
      • 利用料: 価格の利用料(データ量や利用時間など)で課金するモデルがある。これはユーザが事前に支払額を推測できない問題がある。
    • 正しいモデルを選ぶ
      • 退屈であるべき。複雑だったり斬新だったりするモデルは顧客の混乱を招き、嫌われる。
  • 第五章: 価格が何を語るか
    • 高い価格をつけると、製品が優れていると思われる傾向がある。もし競合の製品が100万円で売られているときに、自社製品が1万円だったら、それを「画期的製品」と主張しても、顧客は「おもちゃ」だと思うかもしれない。
    • また製品を売るのに、どれだけ営業マンが顧客と握手しに行かねばならないかを考えること。Redgate社では、安価なウェブ負荷テストツールをネットで販売したが、顧客は製品を安く買えることよりも営業マンと話して決めたり手厚いサービスを受けることを重視していたために失敗した。
    • 実験が奥の手だ
      • これまで理論を紹介してきたが、実際には可能な限り、経験と調査に基づいて価格を決めている。理論だけでは決まらないので、自分で価格を決断しなければならない。また実験を行うべきだ。
      • 価格付けは複雑なので、科学的実験を行うことはできない。価格を変えれば、ブランディング、サービス、流通チャネル、販売方法など様々な要素が変わってくるので、科学的実験で決定することはできない。
      • 昔はA/Bテストを行って、別の価格で実際に販売してテストすることもできたかもしれないが、いまは下手にやると顧客の反感を招く。
      • サーベイには決して頼らないこと。顧客や人々にアンケートを採って意見を聞いても、全く参考にはならない。顧客が何を言うかと、顧客が実際にどう動くかは全く異なる。
    • 値段をどう変えるか? - 価格を上げると顧客がどう思うか心配する人も多い。だが、Redgateでは、昔50ドルで売っていた製品を、いまは395ドルで売っているが、その間に苦情を言ってきた人は殆どいない。



マッキンゼー プライシング

本書では、マッキンゼーが出している雑誌 McKinsey Quarterlyから翻訳した論文を中心として、プライシングの問題について論じている。論文集なので、一冊の本としては、ややまとまりに欠けるが、一つ一つの論文は質が高く、新しい気づきがいくつもあった。


第一章では、価格が利益に与える重要性、価格の経営での重要性について述べている。

第二章の、価格と競争戦略の関係性についての論文はとりわけ気づきに満ちている。各社の製品は、価値と便益をプロットしたとき、価値均衡線(VEL)という直線上に位置している。すなわち各製品の価値と便益のバランスは均衡しており、どれも同じバリューを持っているということになる。

もし一社が製品を改良したのに価格をあげなかったり、一社が値下げを行ったりすると、VELのバランスが崩れ、他社も対抗値下げに走ろうとする。

企業側が認知する価値と便益は、必ずしも顧客が認識するものとは一致せず、その認識が誤っているとバリューが多すぎたり少なすぎたりする製品を提供してしまい失敗する。

中間のいくつかの章では、商品の定価から、値引きやサービスなどを含んだ実際に販売される金額(ポケットプライス)がいかに異なるか、それをマネジメントすることの重要性を説いている。

企業は、大口顧客に高い値引率を提示しているつもりでいるが、しばしば値引率と購買数量には相関が無く、取引コストや利益率からみて不適切な値引きが行われている。

またポケットプライスの幅であるプライスバンドを適切に管理している企業は少ない。ポケットプライスに幅をもたせることで、本当に売上や利益が向上しているのか、なにが意味のある値引きや販促であるのか、再考する必要がある。

第七章では、新製品の値付けをするさいのTipsが書かれている。新製品の価格は設定できる下限価格ではなく、上限価格から考えるべきであり、新製品の便益を顧客が理解した上でいくらまで払えるかを綿密に調査すべし、と説いている。私の経験では、多くの企業は新製品を安くしすぎて失敗すると考えており、この章の気づきは重要である。しかし本章は非常に短いので物足りない印象を受けた。


本書は、マッキンゼー執筆だけあって全体的にレベルが高い気づきに満ちている。対象的にはスタートアップ向けというよりは、すでにビジネスが回っている企業、とくに製造業などに向いている内容であると思う。

一本ずつの記事はレベルが高いが、論文集であり、他の仕事を放ってまで読む必要があるほどの本ではない。ハーバードビジネスレビューを読むような感覚で、時間のあるときに気軽に読んでみれば良いのではないだろうか。