2013年10月17日木曜日

人生に必要な知恵はすべて「コンサルタントの秘密」で学んだ ― ボールディングの逆行原理を知って人生の手痛い失敗を減らす

僕の人生にもっとも影響を与えた本を挙げろと言われれば、迷うことなく「コンサルタントの秘密」を挙げます。

これを読んでいなければ、僕はもう死んでいるかもしれない。それくらい僕にとって重要な本です。

この本は、ITコンサルタントであるワインバーグが、自身のコンサルティング経験から学んだ教訓を、寓話調に述べた本です。

コンサルタントのための教訓というよりは、人生のための教訓とでも言うべき内容です。IT業界では、この本を読んでいなければモグリというほど有名ですが、ぜひ別業界の人も読むべきでしょう。

すごく癖がある文章で、まわりくどい寓話調の記述から、真意を読み解くのは簡単なことではありません。2度3度読んでみて、ようやく意味がわかったり、実際に本書に挙げられてるようなトラブルで痛い目を見てから、ようやく重要性がわかったりする、そんな本です。

この本には多数の教訓と多数の寓話が出てきて、全体を貫くテーマはあやふやです。そのため、この本を人に紹介するときは、どのように紹介すればよいのか、いつも悩みますし、いまも悩みながら書いています。

人生には、知らなければ痛い目を見る知識というのが色々あります。卑近な例でいえば、「繁華街で客引きについていってはいけない」とか「うまい儲け話は転がっているはずがない」とか、そういう教訓は山ほどあります。

有名なところでは「能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。すると有能な一般社員も無能な中間管理職になる」というピーターの法則などがあるでしょう。

この本は、そういう教訓や法則のなかでも抽象的で知的なものを集めた本と言うこともできます。


そのなかでも私が最も感銘を受けて、いつも心の片隅に置いているのは「ボールディングの逆行原理」の章です。

「ものごとがそうなっているのは、そうなったからだ」という言葉は、すなわち今のような状態になっているには、それ相応の理由があるということです。

その状態がどれだけひどい、どうしようもない状態であるとしても、それはなるべくしてそうなったということです。

ひどい状況を見たときに、あなたは「こんなものは僕ならずっとうまくやれるのに!」と思うかもしれませんが、しかし、それは自惚れであり、もしあなたが責任者になったとすれば、手痛い失敗を犯して、大恥をかくことでしょう。

ひどい状況を引き起こすには、政治的理由、人間関係、顧客、予算、納期、技術的難易度、その他のわけがわからない呪いのような理由がいくらでも考えられます。

ひどい状況を見たときに、あなたが考えるべきことは以下の通りです。

  1. ひどい状況があるということは、ひどい状況を作り出す原因が近くにあるということであり、まずは全力で退路を確保しなければならない。
  2. ひどい状況は、前任者がアホだから作り出されたのではなく、有能な前任者が全力を尽くして善意でやった結果でも、そこまでしかできなかったと考えるべきである。
  3. いまある姿(as is)は、どんなにひどく見えるとしても、少なくとも局所最適にあるからそういう形になっているということを理解せねばならない。局所最適から一歩脱すれば、さらなる地獄のような悲惨さが待ち受けているかもしれない。
  4. 何も考えずに「私ならもっと良い仕事ができる」と言って、足を踏み込めば、確実に前任者と同じ轍を踏むことを理解すること。
  5. もし、それでもひどい状況を変えようとするのならば、「なぜそうなったのか?」を慎重に見極めて、「なにをやってはいけないのか」を見定めて、うぬぼれずに慎重に一歩ずつ改善を行うこと。
このことを知ってから、僕は「いまある姿」ということに対して畏敬の念を持つようになりました。「いまある姿」というのは、だいたいの場合はそうなるべくしてなっているのであり、簡単に変えたり、改善できたりするようなものではないのです。それを忘れれば、「いまある姿」は、あなたに対して強烈な一撃を加えるでしょう。

私は、数年ほど前に、自分のうぬぼれと迂闊さのせいで、泥沼のプロジェクトに足を突っ込み、自殺まで考えるというところまで追い詰められました。

それ以来「ボールディングの逆行原理」は常に私の心とともにあります。

2013年10月15日火曜日

いまごろになって原発問題をまとめるよ

わたしは現在のところ、原発反対派でも賛成派でもないですし、議論が過熱している間は、議論に参加する気もありませんでした。

そろそろ議論も収まってきたようですが、単に皆が飽きてしまっただけで、議論の質が高まらないまま関心が薄れたなぁ、と危惧しています。こないだCourseraでA Look at Nuclear Science and Technologyという授業を受講したりしたこともあり、ちょっと論点を整理してみようかと思いました。

まず原発の議論のうち、主要な論点は以下のようなものになると思います。

  1. 原発は地球温暖化対策としては現在、最も有力である。
  2. 福島原発事故は、日本社会や地域社会に対して、深刻な経済的・精神的な打撃を与えたし、同じようなことが二度と起こってはならないのは間違いない。
  3. 既存の原発は、多かれ少なかれ福島第一と同じようなリスクを持っているであろうし、それがどれくらい対処可能なのかどうかよくわからない。
  4. 既存の原発は、多額の建設費をかけて作られたものであり、それを廃炉にすれば、日本社会は何らかの形でその膨大な費用(償却損・それを一時的に代替する低効率の火力の燃料費・廃炉費用・温暖化対策費用など)を負担することになる。
  5. 使用済み燃料の最終処分や、廃炉費用がどれくらいになるのか、いまいちよくわかっていない。
一つ目の点ですが、原発は温暖化対策として現時点では最も有力であることは間違いないと思います。どこにでも建設することができ、膨大なエネルギーを生み出すことができます。太陽光発電、風力発電、地熱発電などは、まだそれだけの発電能力を持っていないと思います。

将来的には太陽光発電や地熱発電はかなり有望だと思われますが、まだいつごろ物になるのかよくわかっていません。今から新エネルギーの実証実験や研究開発への力強い投資を行っていくことは望ましいと思いますが、それを実用の発電手段とするのは時期尚早のように思います。

またそうした新エネルギーが物にならなかったときのリスクを考えれば、原発技術の研究開発や実証実験が止まることがあってはなりません。地球温暖化による災禍は、科学者たちの発言が正しいのならば、原発事故よりも大きなものになることでしょうから。

二つ目の点ですが、福島原発事故では幸いにして放射線障害により多数の人が死ぬようなことはありませんでしたが、避難による間接的な健康被害や、経済的被害、精神的被害などを考えれば、損失は膨大であり、決して二度とこのようなことが起こってはならないのは明白です。今になって、あの日の衝撃を忘れて、事故を矮小化するような態度は決して正当化されるものではないでしょう。

3点目ですが、既存の原発は多かれ少なかれ、福島第一事故のようなリスクを持っていることは確実でしょう。それがどれくらい対策が可能なのか、十分なリスク低減が行えるのか、私には良く分かりません。電源喪失はある程度の対応が可能としても、冷却剤喪失など他にもリスクはあるように思います。

これに関しては、多方面の科学者などが様々な立場から検証に当たるべきであろうと思います。とくに旧式の炉に関しては、厳しく安全性が検証されるべきでしょう。

これから新設する原発であれば、安全基準を高めて、リスクを数桁減らすようなことは可能と思いますが、そのような原発が経済的に見合うものなのかどうかの疑問があります。

4点目ですが、既存の原子炉を停止したり、廃炉したりすれば、その原子炉の持っている生産能力は無駄になることになり、膨大なコストが生じます。そのコストを一次的に誰が負担するとしても、最終的には国民全員にツケが回ります。

そのツケが回る額がどれくらいになるのか、それを踏まえた上でなければ、原発再開または廃止に向けた議論は空論となるのではないでしょうか。

最後に5点目ですが、原発のコストを新エネルギーなどと比較する上で、原発の放射性廃棄物や廃炉の最終コストがどれくらいになるのか良く分かってないのは、大きな問題であると思います。

早期に最終処分場を完成させ、試しに旧式炉を一つ二つ廃炉にしてみるべきでしょう。そのデータがなければ、議論が成立しませんから。


原子力科学の授業を受けて思いましたが、原発は非常に複雑なシステムですし、社会的にみてもその安全性や経済性の議論もなかなか複雑であるように思います。

しかし基本的な論点はこの5つに絞られるのではないでしょうか。こうした論点を踏まえた上で、建設的な議論ができれば良いですね。

2013年10月3日木曜日

オープンブックによるエンパワーメントと、管理会計としてのアメーバ経営

(本稿はアメーバ経営について基礎知識がある人を対象にしています。アメーバ経営は京セラが発明した経営システムです。基礎知識のない方は、京セラの創業者である稲盛和夫氏が書いたアメーバ経営 (日経ビジネス人文庫)を読むと良いでしょう)

アメーバ経営の本を読み終えて思ったが、アメーバ経営には二つの側面がある。

一つには、オープンブック(従業員への会計データの公開)によるエンパワーメント(権限委譲)という側面である。

もう一つには、管理会計の一つの合理的な手法という側面である。


アメーバ会計が管理会計の一つの手法であることは自明であり、論を待たない。

管理会計の書籍などに記載されている既存の管理会計の手法は、合理的で緻密な手法とは言いにくいものが多いように思う。ざっくりした恣意的な数値しか得られず、管理会計は過去の遺物のようにも見える。IT化などが進展した現在では、もっと細かい数値が容易に得られるので、恣意的な金額の配賦には合理性がないように思う。

それに対して、アメーバ経営は数人の細かい経営グループごとに利益を算出し、社内の財やサービスのやりとりを売買交渉で配賦することにより、経済学的にみて正当な数値が求められるように工夫している。

小単位の利益データが日次で得られるという点で、一人一人の従業員が利益=経営品質を把握しながら経営することを容易にするようにしている。

きわめて合理的で分かりやすく優れた手法であるとおもう。

しかしながら、管理会計の手法としてみた場合、製造業・流通業などのように日々のオペレーションから利益が生み出される、オペレーション重視の企業には適用しやすいが、そうではない企業には必ずしも適用できないように思う。

研究開発が重要な企業や、もしくは純粋なサービス業のように、利益や売上などの経営データが日々の経営品質よりもだいぶ遅行して反映されるような企業では、アメーバ会計はそのままでは適用しにくいのではないか。

そうした企業では、管理会計とは別にプロセス自体の品質を管理する手法が必要であると同時に、ポートフォリオ理論のような投資・ファイナンスの手法によって経営管理を行っていくことが求められるのであろう。


もう一つのオープンブックによるエンパワーメントという側面であるが、私にはこちらこそがアメーバ経営の本質であるように思われた。

通常の被雇用者である労働者には、経営マインドが欠落している。

すなわち自分のやっている仕事が、どのように自社にたいして利益をもたらしているのか、それが理解できていない。どういう仕事をすれば利益があがるのか分かっていない。

これは労働者にとっては自分の仕事の価値や、やるべきことを見いだすことができず、ストレスフルな状況である。

それと同時に、企業としてみれば、労働者の行動が必ずしも利益につながるとは限らず、経営の成績を落とす原因となる。

とくに問題となるのは、何が会社にとって利益になるのかわからない労働者は、正しい価値観や評価尺度を持たないので、迷走して自分勝手な行動に走ったり、意味のない派閥やルールなどを作ったりすることであろう。

利益という共通の目的と尺度があれば、それに向かって全社が共同して働くことができるので、無益なセクショナリズムや官僚主義は自ずと減ることになろう。

また管理職の育成という観点から見れば、経営マインドの持たない管理職は極めて有害な存在であるが、そもそも経営の意味を分からないまま働いてきた従業員にいきなり経営マインドを持て、というのは無理な話である。

アメーバ経営では、個々のアメーバに利益などの経営数値を開示するとともに、アメーバごとに経営の裁量権を持たせて、アメーバ単位で自由な経営活動が行えるようにしている。

これはアメーバのメンバー一人一人が経営者としてのマインドをもって、利益につながる活動を裁量を持って行えるということであり、従業員をいっぱしの経営者に育てるという目標がある。

これこそがアメーバ経営の本質であると私は思う。

経営の数値もわからず、何をやれば会社の利益につながるのか、それが分からない状態で働けというのは酷な話であるし、無駄な話であると思う。

一人一人が経営者としての意識を持ち、業務に主体性をもって利益を向上させるという共通の目標を持って働けば、仕事はずっと楽しいものになり、能力向上の余地も増えるだろう。

そのためには会計データを全社で共有することは必須である。KPIなどという言葉が最近は流行だが、会計データこそ企業にとって最も大切なKPIの一つであることは論を待たない。

その会計データを分かりやすくするために、一人一人のメンバーが自分の業務に関わる経営成績を理解できるように、細かく細分化するための一つの手法がアメーバという会計方式なのである。


ここで信賞必罰の人事体系などを導入すべきと思う人もいるかもしれないが、アメーバ経営では、アメーバの成績と報酬などを連動させることはしない。

これは、あくまでも会社全体の利益を重視し、偶然にも左右される結果によって社員を評価しないという哲学でもある。また、アメーバが暴走し、会社を犠牲にして自分の利益を極大化させようとすることを防ぐためでもある。

アメリカ式の業績連動人事は、一見すると合理的なようにも見えるが、本当に業績主義が良いのであれば大企業などに勤めず、自分でベンチャー企業を立ち上げれば良いのである。あくまで組織内であれば、業績ではなく、プロセスで評価されるべきであろう。

アメーバ経営について詳しく学ぶには以下の書籍"アメーバ経営論―ミニ・プロフィットセンターのメカニズムと導入"をお勧めする。書店で探した中では、もっともアメーバ経営について具体的に書かれた本のように思われた。学術書であり研究手法などについての能書きが長いので、そこを飛ばして読めば読みやすい。